いつも彼より先に
【ストーカー被害相談・聴取記録】
相談者は、同じ男性をこの一か月で十二回見かけたと訴えた。
「私が行く場所へ、必ず現れるんです。駅前の喫茶店、図書館、スポーツジム、スーパー。偶然ではありません」
相談者が作成した記録は精密だった。
男性が喫茶店へ入った時刻、注文した飲み物、図書館で借りた本、スーパーで買った品まで記されている。
「怖くて、ずっと見ていたんです」
担当者は、双方の行動履歴を確認した。
男性はその喫茶店を七年前から利用している。図書館の貸出カードも十年前に作られていた。スポーツジムの入会日は六年前。相談者が同じジムへ入ったのは十二日前だった。
「彼が私の生活圏へ入り込んだんです」
「男性は五年前から現在の住所に住んでいます。あなたが向かいの部屋を借りたのは先月ですね」
「先回りされたんです」
相談者は迷わず答えた。
郵便受けへ入れられたという無言の手紙も提出された。封筒から検出された指紋は相談者のものだけだった。マンションの映像には、午前三時に相談者自身が向かいの部屋の前へ立ち、男性のドアノブを拭いている姿が残っていた。
「彼に触られた跡を消しただけです」
相談者の説明は変わらなかった。
担当者は、男性側からも相談が出ていると告げた。
自宅前に同じ女性がいる。勤務先へ匿名の花が届く。捨てたはずのレシートが、差出人不明の封筒で返ってくる。靴の中から小型の位置情報端末が見つかった。
「嘘です。彼は私を意識させようとしているだけ」
「男性とは、直接話したことがありますか」
「まだありません」
相談者は初めて、うれしそうに笑った。
「でも今日、ここへ呼んでくれたんでしょう?」
担当者は答えなかった。
男性の聴取は別の警察署で行われており、この建物には来ていない。
相談者はスマートフォンの画面を見た。地図上の赤い点が、確かにこの署内を示している。
「三階ですね。さっきから動いていない」
「その端末は誰につけましたか」
「彼の靴です。昨日、新しいものと交換しておきました」
相談者は天井を見上げた。
赤い点は、証拠品保管室にあった。
押収された男性の靴だけが、三階で動かずにいる。
相談者はそれを知らない。
「帰りは裏口ですよね」
彼女は鞄の中へ手を入れた。
「今日は、ようやく二人で話せます」