おはようを一つ余分に

麦倉ひよりは、毎朝五時半に団地へ新聞を配った。

三号棟の一階では、いつも灰色のカーディガンを着た老人と会う。郵便受けを開けるでもなく、植木を見るでもなく、ただ玄関脇の椅子に座っていた。

「おはようございます!」

ひよりが声をかけても、老人は最初の一か月、眉を動かすだけだった。

二か月目に、顎が少し上がった。

三か月目には、「朝から大声だ」と返ってきた。

それを返事だと決め、ひよりは翌日から、前より少し元気に挨拶した。

管理人によれば、老人は半年前に妻を亡くした。二人で毎朝散歩していたが、今は部屋のカーテンさえ開けないという。ひよりは事情を聞いても、慰めようとはしなかった。新聞を差し込み、いつもどおり「おはようございます」と言った。悲しい人を特別扱いすると、悲しみがその人の名前になってしまう気がした。

春の終わり、ひよりは奨学金の選考に落ちた。

家計を考えれば、志望していた製菓学校は諦めるしかない。配達中も声が出ず、三号棟では老人の前を黙って通り過ぎた。

背後から、椅子の脚が鳴った。

「おい」

振り返ると、老人が立っていた。

「今日は、ないのか」

「何がですか」

「うるさいやつだ。おはよう、ってやつ」

ひよりは笑おうとして、泣いた。

老人は困った顔で空を見上げた。

「妻が死んだ朝、もう朝なんか来なくていいと思った。でも、あんたが毎日、勝手に持ってきた。頼んでもいないのに」

そして、慣れない大声を出した。

「おはよう!」

団地の窓が二つ開いた。犬が吠え、どこかで赤ん坊が泣いた。ひよりは涙を拭い、同じくらい大きな声で返した。

「おはようございます!」

その日、老人は新聞販売店まで一緒に歩いた。店主へ、昼間の折り込み作業を募集していないか尋ねた。元経理係だった彼は、ひよりの進学費用を計算し、使える制度を三つ調べた。

翌年、ひよりは製菓学校へ通い始めた。

配達を辞める最後の朝、老人へ焼き損じのクッキーを渡した。

「形が悪いな」

「味は同じです」

老人は一枚かじり、初めて声を立てて笑った。

挨拶は、何かを解決する言葉ではない。

ただ、一人で迎えるには重すぎる朝を、二人ぶんに分ける言葉なのだ。