お母さんは起こさないで
楡井七緒
日曜日の夜、お父さんとお母さんと三人でドライブへ行きました。
お父さんは、学校があるから早く寝なさいと言っていたのに、十一時ごろ私を起こしました。服のままでいいから車に乗れと言いました。
お母さんはもう助手席にいました。首まで毛布を掛け、窓のほうを向いて寝ていました。
「起こすと機嫌が悪くなるから、話しかけるな」
お父さんが言いました。
車の中は、お金を握った手と、お風呂を掃除したときのような匂いがしました。寒かったので暖房をつけてと頼みましたが、お父さんは窓を少し開けました。
「眠っている人は暑がるんだ」
でも、お母さんの手は毛布から出ていて、冷蔵庫に入れたスプーンみたいに冷たかったです。指にはいつもの指輪がありませんでした。
おばあちゃんの家へ行くのだと思いました。けれど車は反対の山へ向かいました。途中に警察の人がいるのを見つけると、お父さんは急に細い道へ曲がりました。
コンビニでは、おにぎりを二つ買いました。お母さんの分を聞くと、
「もう食べない」
と言いました。
山の中で車が止まりました。お父さんは私に、目を閉じて百まで数えろと言いました。百まで数えても戻らないので、もう一度数えました。
外で何かを引きずる音がしました。
土を掘る音もしました。
お父さんが戻ってきたとき、ズボンの膝まで泥がついていました。助手席は空で、毛布だけが丸めてありました。
「お母さんは?」
「先に実家へ帰った」
山には家が一軒もありませんでした。歩いて帰れるの、と聞いたら、お父さんはハンドルを強く叩きました。
帰り道、お父さんは何度も練習させました。
「今夜、誰とドライブした?」
「お父さんとお母さん」
「違う。もう一度」
「お父さんと二人」
「お母さんは?」
「最初から車にいなかった」
上手に言えると、お父さんは褒めてくれました。
月曜日、先生が「家族との楽しい思い出」という作文を出したので、このことを書きました。
先生、この作文はお父さんに見せないでください。
帰ったら、ちゃんと二人で行ったと書いたか、私のノートを確かめると言っていました。