お父さんの寝顔
兎田絵茉が家の写真係になったのは、九歳の冬だった。
母は毎週月曜日、学校から帰った絵茉にインスタントカメラを渡した。
「お父さんの寝顔を撮って。時計と今日の新聞も入るようにね」
父は二階の寝室で、いつも同じ向きに眠っていた。
雨戸は閉め切られ、暖房もついていない。室内は外より寒く、甘い芳香剤の匂いがした。
「病気だから、起こしたらいけないの」
母は父の髭を剃り、頬に肌色の粉を塗った。写真を撮るときだけ布団から顔を出し、終われば頭まで毛布を掛けた。写真の裏には母が日付を書き、鍵のついた箱へしまった。
最初の写真には十二月三日付の新聞が写った。
二枚目は十二月十日。
三枚目、十七日。
父は一度も寝返りを打たなかった。
「お父さん、お腹すかないの」
「眠っているから平気よ」
「お風呂は?」
「眠る前に入ったでしょう」
絵茉には覚えがなかった。
四枚目を撮った日、父の耳から小さな黒い虫が出てきた。絵茉が叫ぶと、母は虫をつぶし、窓の隙間へテープを重ねた。
「外から入ったの。写真には写ってないわね?」
現像された写真を何度も確かめ、母は安心した。
五枚目の日、父の手が布団から落ちた。
絵茉は戻そうとして触れた。冷凍庫の肉より硬かった。
「触っちゃだめ!」
母は絵茉を突き飛ばし、それから優しい声で言った。
「あと三枚だけ。八枚そろえば、お父さんがクリスマスのあとまで生きていた証拠になるの」
「誰に見せるの」
「警察の人よ。念のためにね」
八枚目を撮る前夜、近所の人が異臭を訴え、警察が来た。
母は父が出張中だと言ったが、警察官は寝室の鍵を壊した。
今、絵茉は児童相談所の部屋で、写真を机に並べている。
刑事は一枚ずつ日付を確かめたあと、尋ねた。
「お父さんと最後に話したのは、いつかな」
「写真係になる前の日。お母さんと大きな声で喧嘩してた」
「最初の写真を撮ったとき、お父さんは息をしていた?」
絵茉は首を振った。
母から、寝ていることと死んでいることは、写真なら同じに見えると教わっていた。