ご飯は半分、約束は全部
母が亡くなってからも、父は三人分の夕食を作った。
食卓に並ぶのは二人分なのに、鍋には必ず一人分余る。茶碗のご飯も、母がいたころと同じ山盛りだった。
父は「育ち盛りだろ」と私の茶碗を押し、私は「もう高校生なんだから」と言いながら食べた。父自身は途中で箸を止め、冷めたおかずを翌日の弁当箱へ詰めた。
ある夜、父は煮物を半分残した。
「ごめんな」
誰に謝ったのか、すぐ分かった。
母は食べ残しを嫌った。農家で育ち、米粒を一つ残しても箸で拾う人だった。父は母がいなくなってから、食べきれない量を作り、食べきれない自分を責め続けていた。
次の日、私は先に帰って夕食を作った。
小さな茶碗へ、ご飯を半分。
煮物は小皿に三つ。
味噌汁も、いつもの七分目。
帰宅した父は食卓を見て眉を寄せた。
「足りないだろ」
「足りなかったら、おかわりする」
「母さんなら、こんな少ない盛り方しない」
「お母さんが嫌いだったのは、少ないことじゃなくて、捨てることだよ」
父は黙った。
二人で食べ始めた。茶碗はすぐ空になった。父は炊飯器の前まで行き、少し迷ってから、しゃもじ一杯だけよそった。
「おかわりなんて、久しぶりだ」
その言い方が子どものようで、私は笑った。
煮物も味噌汁も、きれいになくなった。鍋には明日の分を最初から小さな保存容器へ取り分けてある。食べ残しではない。明日の夕食だ。
父は空の皿を見つめたあと、母の写真へ言った。
「今日は、全部食べたぞ」
私は訂正した。
「無理しないで、全部食べられたんだよ」
それから我が家の食卓には、小さな茶碗が並ぶようになった。たくさん食べられる日はおかわりし、疲れた日はそのまま終える。
数か月後、試験勉強で私が食欲をなくした夜、父はご飯をほんの少しだけよそった。
「約束は?」
「足りなかったら、おかわり」
「よし」
食べ物を大切にするとは、苦しくても詰め込むことではない。
今日の空腹に合う量をよそい、食べられる分を最後までいただくこと。
父と私が守るようになったのは、母の厳しい決まりではなく、その奥にあった小さな思いやりだった。