のれんは定時に下ろします
娘が修業先から戻り、うどん店を継ぐと言ったとき、父は喜んだ。
ただし娘が最初に作ったのは、新しい出汁ではなく勤務表だった。
「閉店は八時。週休二日。家族も勤務時間を記録する」
「客がいるのに閉める店があるか」
「働く人が倒れたら、明日開ける店がなくなる」
「家業に残業も何もない」
「その考えを継がないために戻ったの」
祭りの夜、八時を過ぎても店の外には二十人並んでいた。父は鍋へ麺を入れようとした。
娘がのれんを外した。
「まだ客がいる!」
「店員の一人は保育園へ迎えに行く。もう一人は明朝の仕込み。約束どおり閉める」
父は一人で営業を続けようとしたが、娘は寸胴の火を止めた。
「父さんも勤務終了」
「俺の店だ」
「明日から私と働く店でしょう」
並んでいた客へ頭を下げ、翌日使える整理券を渡した。文句を言う人もいた。父は夜じゅう不機嫌だった。
「昔は母さんと二人で、客が切れるまでやった」
「知ってる。だから私は、家族そろって夕飯を食べた記憶がほとんどない」
父は黙った。
翌朝、昨日の店員二人は時間どおり来た。迎えに間に合った店員は、子どもが描いた店の絵を持ってきた。もう一人は、疲れが残っていないぶん、いつもより早く仕込みを終えた。
整理券の客も大半が戻った。
「昨日食べられなかったから、余計に腹が減った」
常連が笑い、父は渋々うどんを出した。
一か月後、娘は予約受取と売り切れ表示を導入した。売上は少し下がったが、廃棄も残業も減った。父は数字を三度計算し直した。
「儲けが増えてない」
「休みが増えた」
「それは利益か」
「家族には」
初めての定休日、三人で夕食を作った。父は客のいない食卓で、落ち着かない顔をした。
「明日の葱、足りるか」
「今日は店の話をしない」
「家業だぞ」
「今は家族」
父はしばらくして、娘の皿へ天ぷらを一つ置いた。
翌日の八時、最後の客が出ると、父が自分でのれんを外した。
「まだ食べたい顔の客がいた」
「明日来てもらおう」
「明日も店があるなら、それでいいか」
家業を継ぐとは、親と同じだけ我慢することではなかった。
明日も同じ人たちが笑って働けるよう、閉める時間まで受け継ぎ直すことだった。