ゼロを吹きつけた瞬間

澄川は、開始のベルと同時に消火器を壁から引き抜いた。

「何をする気だ!」

刈谷と伏見が青い床板へ駆ける。正面の表示は《酸素残量 19.8%》。その下に、この一ラウンド唯一の規則が赤く流れていた。

《酸素計が0.0%を示した瞬間、青い床板に手を触れている一名を勝者とする》

制限時間は十二分。二人は、最後に板を奪い合うつもりだった。今から触れても、酸素が尽きる前に殴り落とされる。だから澄川が板ではなく消火器へ向かったことを、二人は臆病者の逃避だと思った。

澄川は安全栓を抜き、白い噴流を壁の小さな格子へ浴びせた。格子の脇には、誰も読まなかった刻印がある。

《SAMPLE INLET》

表示が十九、十二、四と落ちた。

刈谷が慌てて澄川を押しのけようとする。だが澄川は噴射したまま片膝をつき、左手だけを青い板に置いた。

《0.0%》

天井から錠の外れる音がした。

「勝者、澄川」

伏見が咳き込みながら叫ぶ。

「部屋にはまだ酸素がある! 計器を騙しただけだ!」

「だから勝ったんだ」

澄川は消火器を止めた。白煙が薄れ、表示はすぐに十七へ戻り始める。

酸素計は部屋全体を神のように見ているわけではない。格子から吸い込んだ空気を測るだけだ。二酸化炭素の噴流で、測定場所だけを酸素ゼロにした。

「規則は『室内の酸素がなくなった時』じゃない。『酸素計が示した瞬間』だ」

刈谷は格子へ指を突っ込み、奥に細い吸引管があるのを見つけた。消火器も粉末式ではなく、電気設備用の二酸化炭素式だ。どちらも最初から視界にあり、隠された道具ではない。伏見はようやく、主催者が公平さを装うために残した手掛かりこそ、罠を壊す部品だったと悟った。

残り時間は十一分以上あった。力比べを待つ理由は、もうどこにもなかった。

計器だけが、一瞬先に窒息した。

スピーカーの向こうで、主催者が反論の言葉を失った。青い板の縁が緑に光り、澄川の前だけに出口が開いた。