ミント色の傘札
夕方六時、制作会社の傘立てから、荻町澄音の折り畳み傘が消えた。
ミント色の布に、同じ色の札。祖母から就職祝いにもらったもので、骨が一本だけ少し曲がっている。代わりに残っていたのは、形も大きさもよく似た灰色の傘だった。しかも持ち手には、澄音の札が結ばれている。
午後、玄関へ出たのは三人。ディレクターの角谷怜生、営業の塚本真帆、清掃担当の亀代晴江だ。
真帆はコンビニへ行き、亀代は濡れた床を拭いた。角谷は昼休みに外出したが、行き先を言わない。昨日、澄音の企画書を「優しいだけで芯がない」と切り捨てた人でもある。
灰色の傘を調べると、留め紐にミント色の糸が一本絡んでいた。傘立ての受け皿には、細長い紙片が落ちている。〈骨交換・当日仕上げ〉。さらに角谷の机には、雨に濡らしてはいけない模型を包んだビニールが乾かしてあった。
昨日の帰り、急な風が吹いた。澄音は角谷の模型を守ろうと、自分の傘を横向きに差し出した。そのとき骨が曲がったのだ。角谷は礼も言わず、企画書の話へ戻った。
修理店は駅前に一軒しかない。澄音がロビーへ下りると、角谷が自動扉の向こうから走ってきた。手には、骨のまっすぐになったミント色の傘。
「間に合わなかった」
「何がですか」
「雨が降る前に、何事もなかった顔で戻すつもりだった」
灰色の傘は角谷のものだった。札を付け替えたのは、澄音が傘を探して外へ出ないようにするため。修理代の領収書を捨て損ねたのは、彼らしくない失敗だった。
「企画書のことも、言い方を間違えた」
角谷は濡れた前髪を押さえた。
「優しいだけじゃない。人を守ろうとして、自分の骨を曲げるところまで企画に出ていた。そこを、弱さみたいに言った」
澄音は傘を開いた。新品の骨だけが、少し銀色に光る。祖母の傘は元通りではない。でも、前より丈夫になっていた。
机へ戻る途中、澄音は引き出しからミントキャンディを二つ取り出した。一つを角谷の掌へ載せる。
「修理のお礼です。ただし次からは、傘も言葉も、勝手に取り替えないでください」
角谷が包装を開ける。澄音も一粒かじった。雨の匂いの中で、甘さだけが先にほどけた。