一人旅アルバム
三反田絹枝は、有給休暇を使って北の港町へ二泊三日の一人旅に出た。
写真を頼める相手がいないので、折り畳み式の三脚を持っていった。朝市、赤煉瓦の倉庫、岬の展望台。スマートフォンを置き、十秒のタイマーを使う。帰宅するころには、六十三枚の写真が残っていた。
翌朝、写真アプリが通知した。
〈新しい思い出「ふたりの三日間」を作成しました〉
題名の誤認だと思った。ところがアルバムには八十四枚あった。
増えた写真は、どれも絹枝を写していた。
朝市で魚を選ぶ後ろ姿。喫茶店の窓際で地図を広げる横顔。ホテルのベッドで眠っている姿。
自分で撮った覚えはない。
友人へ相談すると、一枚を拡大して返してきた。
〈これ、誰が撮ったの?〉
岬で撮った全身写真だった。絹枝は右手にスマートフォンを持ち、左手には畳んだ三脚を下げている。それなのに写真は、数メートル離れた場所から撮影されていた。
撮影情報には、絹枝の端末名が表示されていた。
動画として再生できる写真もあった。シャッターの直前、風音に混じって低い声がする。
「もう少し、右」
言われたとおり、画面の絹枝は半歩右へ動いていた。
思い返せば、妙なことはあった。
ホテルで鍵を受け取るとき、係員が「お連れ様は先にお部屋へ」と言った。洗面台には歯ブラシが二本あり、朝になると片方が濡れていた。夜中、隣の枕が沈む気配もした。
絹枝はアルバムを削除し、スマートフォンを初期化した。玄関の鍵も替えた。それでも、旅行鞄だけは開ける気になれなかった。
その夜、クラウドから写真の復元が始まった。
〈新しい思い出「旅行四日目」を作成しました〉
四日目などない。
アルバムには、自宅へ戻ったあとの写真が並んでいた。荷ほどきをする絹枝、浴室から出る絹枝、鍵屋と話す絹枝。
最後の一枚には、ソファでそのアルバムを見ている現在の絹枝が写っていた。
撮影時刻は、三分後だった。
絹枝が息を止めると、床に置いた旅行鞄の中から電子音がした。
「笑ってください」
旅先の写真と同じ声が言った。