一人暮らしは五人分

 就職を機に家を出た私は、自由を満喫するはずだった。

 ところが毎週、実家から段ボールが届いた。

 母の作り置き。

 父の工具。

 祖父の新聞の切り抜き。

 妹の「使わないから」と書かれた新品の洗剤。

〈送らなくていい〉

 家族の連絡画面へ書くと、母は〈分かった〉と返した。

 翌週、本当に何も届かなかった。

 静かでせいせいした。

 ただ、壊れた棚のねじが合わない。洗濯物から生乾きの匂いがする。熱を出しても、冷蔵庫には調味料しかない。

 電話をかけようとして、意地でやめた。

 そのころ実家でも困ったことが起きていたらしい。

〈無線がつながらない〉

〈玄関の電球、どれを買う?〉

〈祖父と父がまた口をきかない〉

 どれも、以前は私が何となく片づけていたことだった。

〈私がいなくて困ってる?〉

 少し得意になって尋ねると、妹から返事が来た。

〈困る。でも、お姉ちゃんも私たちがいなくて困ってるでしょ〉

 図星だった。

 その夜、母へ電話した。

「作り置き、まだある?」

「送らなくていいと言ったでしょう」

「頼んだら送ってくれる?」

 母は少し笑った。

「何が食べたい?」

 私は風邪のことを話した。父は翌日、棚に合うねじを封筒で送った。祖父は新聞の切り抜きの余白へ〈病院へ行け〉と書いた。妹は洗剤ではなく、部屋干しの方法を動画にして送ってきた。

 熱が下がった朝、段ボールの底から妹の短い手紙が出てきた。

〈一人で平気なふりをしなくていい。でも、平気な日はちゃんと一人を楽しんで〉

 代わりに私は、実家の無線設定を遠隔で直し、電球の型番を調べた。父と祖父の喧嘩には口を出さなかった。

「そこは二人で困って」

 そう言うと、二人とも不満そうに笑った。

 それから家族の連絡画面には、新しい決まりができた。

〈勝手に世話を焼かない〉

〈困ったら、してほしいことを言う〉

〈断られても、家族を辞められたと思わない〉

 一人暮らしを始めて、家族のありがたみを知った。

 何でもしてくれることではない。

 離れていても、頼ることと頼られることを、何度でもやり直せる相手がいることだった。