一口目は質問禁止
中学三年の娘が夕食へ来なくなった。
「勉強する」と言って、パンを一枚だけ部屋へ持っていく。母は受験の不安だと思い、父は反抗期だと言った。
祖母だけが、食卓の椅子を一脚引いたままにしていた。
「今日どうだった?」
「模試は?」
「友達とは仲直りした?」
「進路、決めた?」
娘が久しぶりに座った夜も、父母の質問は一口目より早かった。
娘は箸を置いた。
「ここ、取調室みたい」
部屋へ戻ろうとする腕を、祖母はつかまなかった。代わりに、広告の裏へ規則を書いた。
〈一口目は質問禁止〉
〈質問した人は、自分の話も一つする〉
〈「話したくない」は答えとして認める〉
〈助言は頼まれてから〉
「夕食に規則なんて」
父が不満を言うと、祖母は煮魚を取り分けた。
「規則なしで失敗した人が言わない」
翌日から、四人は黙って一口目を食べた。
最初の夜は、咀嚼の音しか聞こえなかった。
二口目で母が言った。
「今日、仕事で名前を呼び間違えた。三回も」
父が続いた。
「会議で発表資料を一ページ飛ばした」
祖母は、
「昼寝して、宅配便に気づかなかった」
と告白した。
三人が娘を見た。
「見るのも禁止にして」
娘は言ったが、少し笑った。
数日後、父が一つだけ尋ねた。
「学校で、昼ごはんは食べてる?」
「それ、心配の仕方が遠回り」
「質問権を一回しか使えないから」
娘は味噌汁を見つめた。
「食べてる。でも、一緒に食べてた子とは、最近別々」
「理由は?」
母が聞きかけ、祖母に肘で止められた。
「今日はそこまで」
娘が言った。
「分かった」
三人はそれ以上聞かなかった。
翌週、娘は友人と喧嘩したこと、仲直りしたいけれど先に謝るのが悔しいことを話した。
父は助言をしかけて、飲み込んだ。
「何か言って」
「頼まれてから、だったな」
「今日は頼む」
食卓で答えが出たわけではない。父の助言は的外れで、母の例え話は長く、祖母は途中で魚の骨を見つけて話を聞いていなかった。
それでも娘は最後まで座り、おかわりをした。
家族の食卓は、何でも話させる場所ではなかった。
言葉が出てくるまで、温かいものを冷ましながら待てる場所だった。