七分目の教室
六時間目のチャイムが鳴ると、余呉佐都はいつも三分だけ席に残った。
教室が一斉に騒がしくなる。椅子が鳴り、部活の鞄が肩へ跳ね、廊下へ向かう流れができる。その流れが細くなり、黒板係が日直の名前を消し終えるころ、佐都はようやく教科書を閉じた。
理由を訊かれたことはない。
昇降口が混むのが苦手だから、と答える準備だけはしていた。本当は、窓側の最後列で毎日プリントをそろえる男子が、三分後に席を立つからだった。
彼は紙の角がずれていると気になるらしい。配布物を机の上で二度叩き、透明なファイルへ入れ、鞄の前ポケットを閉じる。その一連を見届けてから帰るのが、佐都の放課後になっていた。
その日は、彼がいつまでたっても立たなかった。
教室には二人だけになり、野球部の掛け声が窓から入ってくる。佐都は時計を見た。三分どころか、七分過ぎている。
「帰らないの」
先に訊いたのは彼だった。
「そっちこそ」
「待ってる」
「誰を」
「余呉を」
心臓だけが、教室から先に走り出した。
彼は机の横から一本のシャープペンを出した。薄い水色で、グリップに小さなひびがある。
「先週、借りた」
「返してくれたよ」
「芯を折ったから、新しいの入れた」
「そんなのいいのに」
「それを言うと思って、渡すタイミングなくした」
一週間、彼も三分残っていたのだと、そのとき初めて知った。
佐都はシャープペンを受け取った。芯のケースまで新品になっている。
「じゃあ、今日はもう帰る?」
「うん」
「一緒に?」
「昇降口、混んでるけど」
「もう空いてる」
廊下へ出る。並んで歩くには少し遠く、他人のふりをするには少し近い距離だった。
階段の踊り場で、彼が言った。
「明日も三分待つ?」
「何で」
「混むの苦手なんだろ」
「そうだけど」
佐都は水色のシャープペンを握った。
「明日は二分でいい」
彼が笑った。
翌日から、二人が席を立つ時刻は少しずつ早くなった。けれど佐都の記憶に残っているのは、初めて一緒に帰った道ではない。
誰もいなくなった教室で、互いに待っていたことがばれた、チャイムのあと七分目だった。