七分遅れの朝

 目覚まし時計の電池が切れた朝、家族四人の予定は七分ずつ狂った。

 父は六時四十三分の電車に乗れず、母は弁当の卵焼きを焦がした。高校生の娘は洗面所を弟に取られ、弟は体操服が洗濯機の中だと知って泣きそうになった。

「誰か早く言ってよ!」

「昨日、自分で出す約束だったでしょう」

「お父さんの靴下、片方ない!」

「それは私に聞かないで!」

 家じゅうで声がぶつかった。

 いつもなら父は、家族が起きそろう前に玄関を出る。娘は台所で髪を結び、弟はパンを口へ押し込みながらランドセルを探す。母だけが全員の後ろ姿へ「行ってらっしゃい」と言う。

 その日は、父が次の電車まで十五分あると言って、食卓へ座った。

「朝ごはん、ある?」

 母が驚いた。

「毎日あるけど」

「食べる時間がなかった」

 焦げた卵焼きと、少し冷めた味噌汁が並んだ。娘も髪を半分だけ結んだまま座り、弟は湿った体操服を暖房の前へ掛けた。

「お父さん、朝はご飯なんだ」

 弟が言った。

「お前、苺ジャム嫌いなのか」

「三年前から」

「知らなかった」

「朝いないからね」

 責める声ではなかったので、父は味噌汁を飲んだ。

 娘が焦げた卵焼きを一切れ食べた。

「これ、意外とおいしい」

「失敗を褒めなくていい」

「褒めてない。焦げたところが好き」

 母も食べてみて、首をかしげた。

「本当だ」

 四人で最後の一切れを分けた。

 結局、父は一本遅い電車へ乗り、娘は髪を結び直さず登校し、弟の体操服は少し湿ったままだった。母は全員を送り出したあと、一人で散らかった食卓を見た。

 その夜、父が新しい電池を買ってきた。

 目覚ましは正確に戻った。

 ただし木曜日だけ、父は自分の時計を七分遅く設定することにした。

「わざと遅れるの?」

「次の電車でも間に合う日だから」

 木曜の朝、四人は七分だけ同じ食卓へ座る。

 大きな話はしない。

 ジャムが変わったこと、味噌汁が薄いこと、弟の靴下がまた片方ないこと。

 その七分のおかげで、家族は毎日の小さな変化に、少しだけ遅れずにいられるようになった。