七秒ぶんの遅刻
地方FM〈みなと声局〉の最後の放送には、七秒の遅延装置がかかっていた。失言があれば、その七秒を捨てて音楽へ切り替える。
パーソナリティの杠葉澄音は、時計を見ながら笑った。
「閉局まで、あと三分です」
調整卓の向こうで、梶浦禎吾が親指を立てる。三年間、毎晩同じガラス越しに番組を作ってきた。
一年前、澄音は放送後の無人スタジオで彼に告白した。
禎吾は困った顔で、「大切な相棒だ」と答えた。
それから澄音は泣かず、怒らず、仕事だけは今までどおり続けた。春には東京の局への転職を決め、明朝この町を出る。
最後の曲を紹介しようとしたとき、禎吾が自分のマイクを入れた。
「杠葉澄音さん。好きです」
澄音の指は反射的に遅延解除ボタンを押した。七秒ぶんの音声が消え、リスナーには明るいジングルだけが流れた。
「どうして切るんだ」
「私信は放送事故です」
「閉局するんだからいいだろ」
「よくない。どうして今なの」
禎吾は唇を噛んだ。
「お前が俺を見なくなって、初めて分かった。俺はずっと、隣にいる時間を未来だと思ってた」
「私は一年前、それを未来にしたかった」
「遅かったのは分かってる」
「七秒なら消せるけど、一年は消せないよ」
赤いランプの向こうで、最後の曲が流れ始めた。
「今も、少しは好き?」
「好き。だから困ってる」
澄音は正直に答えた。
「でも、あなたが好きになったのは、ここで待っていた私でしょう。今の私は、明日の電車に乗る。戻ったら、またあなたの気持ちに時刻を合わせて生きることになる」
禎吾は何も言えなかった。
午前零時、送信機が止まった。
二人はヘッドホンを外した。街から、三十年続いた局の声が消えた。
出口で禎吾が言った。
「東京に着いたら、連絡していいか」
「一年後もまだ好きだったら」
それは約束ではなかった。
澄音は彼より先に階段を下りた。
七秒遅れて届くはずだった告白は、誰にも放送されなかった。
ただ二人のあいだにだけ残り、開始時刻のずれた恋が、同じ時間を持てなかったことを知らせていた。