三〇七号室の朝

小児病棟の清掃ロボットは、汚れの面積と除菌剤の残量しか記録しない。

三〇七号室の子どもは、そんな銀色の機械へ毎朝話しかけた。

「おはよう。今日は雲が魚みたい」

「応答対象外です」

「昨日より床、ぴかぴか」

「清掃達成率、九十九・八パーセント」

「じゃあ、ありがとうは百パーセント」

退院が延びるたび、子どもはロボットの胴へ紙の太陽を一枚ずつ貼った。

看護師が剥がそうとすると、ロボットはブラシを止めた。仕方なく、点検口を塞がない場所だけ残された。

春の朝、三〇七号室のカーテンは閉じたままだった。

ロボットは廊下の中央で止まった。

予定時刻を過ぎても動かない。

遠隔操作で進ませても、三〇七号室の前へ戻る。

子どもは夜明け前、別の病院へ移っていた。

急な手術が必要になったのだ。

ベッドには紙袋だけが残され、その中に、太陽を描いた丸い紙が一枚入っていた。

裏には、

「明日の朝も、開けてね」

と書かれている。

看護師がカーテンを開けた。

窓から日が差し、ロボットの胴に貼られた紙の太陽を照らした。

すると機械は何事もなかったように進み、床を磨き始めた。

それから清掃ロボットは、毎朝三〇七号室のカーテンが開くまで、その前から動かなくなった。

空室の日も、新しい患者が眠っている日も同じだった。

看護師たちは迷惑がりながら、誰か一人が必ずカーテンを開けた。

半年後、手術を終えた子どもが病棟へ戻ってきた。

背は少し伸び、髪は短くなっていた。

三〇七号室の前で止まるロボットを見つけると、子どもは走らず、ゆっくり近づいた。

「待ってたの?」

「清掃経路を再計算中です」

「朝なのに?」

「照度不足です」

子どもは笑い、カーテンを開けた。

ロボットは一歩進み、すぐに止まった。

胴の隙間から、色あせた紙の太陽が一枚落ちた。

看護師が保管したはずの、最初の太陽だった。

子どもは拾って、もう一度貼った。

「ありがとうは?」

ロボットは答えなかった。

ただ、床へ丸い軌跡を一つ描いてから、朝日の中へ進んだ。

三〇七号室では今も、いちばん早くカーテンが開く。

病室の朝は、時計より先に、待っているものがいることで始まる。