三人の味方
稲交萌黄が夫の雨垂辰実から逃げようと決めたのは、頬の腫れを化粧で隠すことに慣れてしまった朝だった。
相談できる相手は、非公開のSNSで知り合った三人だけだった。
〈白い鳥〉は法律に詳しく、診断書や録音の残し方を教えてくれた。
〈午前四時〉は自身も夫から逃げた経験があり、毎晩、萌黄の無事を確かめた。
〈山椒魚〉は口数が少ない代わりに、女性保護施設や夜行バスの情報を送ってくれた。
三人とも本名も顔も知らない。それでも現実の友人より、ずっと萌黄を理解していた。
最初の逃走計画は、〈白い鳥〉にだけ伝えた。
〈木曜、夫が出勤したら弁護士事務所へ行く〉
その夜、辰実は萌黄の財布から身分証を抜いた。
「木曜は家にいろ。弁護士なんか信用するなよ」
偶然とは思えなかった。
次は〈午前四時〉へ、金曜に駅前のホテルへ泊まると嘘を送った。翌日、辰実は萌黄のクレジットカードを折った。
「ホテルに逃げても、金がなければ泊まれないな」
最後に〈山椒魚〉へ、土曜の夜行バスで姉の家へ向かうと伝えた。辰実は何も言わず、土曜のバス乗り場で一時間待っていた。
三人全員が情報を漏らしている。
萌黄はそう思った。
だから本当の計画は誰にも伝えなかった。古い端末も置き、現金だけを持って、平日の昼に警察署へ駆け込んだ。そのまま県外の保護施設へ移され、部屋番号も所在地も教えられなかった。
施設の端末を借り、三人のアカウントを通報した。
運営から届いた利用履歴を見て、相談員が黙り込んだ。
三つのアカウントは、同じ日時に作成されていた。
登録端末も、接続元も、すべて辰実のスマートフォンだった。
萌黄が画面を見つめていると、新しいフォロー申請が届いた。
アカウント名は〈今度こそ味方〉。
プロフィール画像には、施設の正面玄関が使われていた。
〈三人とも、君の好みに合わせて作ったんだ〉
〈部屋は二階のいちばん奥だね〉
相談員が警報ボタンへ手を伸ばした。
廊下の向こうで、三種類の通知音が順番に鳴った。