三人分の証言
私たち三人は、玄関の鍵を一本ずつ持っていた。
姉は朝が得意で、出勤前に郵便受けを確認する。弟は夜型で、眠る前に窓の錠を二度確かめる。私は二人が残したノートを読み、買い物や予定の抜けを埋める役だった。
最初の手紙を見つけたのは姉だ。
〈逃げても無駄だ〉
差出人は、半年前に別れた男だった。私が交際中の暴力を訴えると、彼は「大げさな女の作り話だ」と笑った。転居先は知らせていない。それでも翌週、玄関前に私の古い髪留めが置かれていた。
姉は補助錠を買った。
弟は廊下に小型カメラを設置した。
私は警察へ相談した。
「本人が現れた証拠がないと、すぐには動けません」
だから三人で備えた。
雨の深夜、停電した。
物音に最初に気づいたのは弟だった。玄関の鎖が工具で切られ、男が入ってくる。弟は椅子を蹴って進路を塞ぎ、掴まれた腕を振りほどいた。
次に姉が目を覚ました。
床に落ちた携帯電話を拾い、あらかじめ登録した緊急通報を押す。男は姉の髪を掴み、「一人のくせに、誰に助けを求める」と怒鳴った。
私が戻ったとき、頬は切れ、右手の指が腫れていた。男は弟が投げた椅子の下でもがき、遠くでサイレンが鳴っていた。
取調室で、刑事が言った。
「お姉さんと弟さんにも事情を伺いたいのですが」
「二人とも、ここにいます」
私は一冊のノートを机へ置いた。朝の几帳面な青字、夜の荒い黒字、その間をつなぐ私の緑字。
この身体の戸籍名は、葛城未明ひとつだけだった。姉と弟は、幼いころの暴力を生き延びるために生まれ、今も私と同じ身体で暮らしている。
男は一人暮らしの女を狙ったつもりだった。
けれどカメラには、侵入から逮捕までが残っている。姉は脅迫文を保管し、弟は抵抗の手順を覚え、私はすべてを説明できた。
「誰が本当のあなたなんですか」
若い刑事が尋ね、すぐ失言に気づいて口を閉じた。
私は三色の文字を指でなぞった。
「三人ともです」
男は一人の証言なら崩せると思っていた。
その夜、彼を待っていたのは、一つの身体に残った三人分の記憶だった。