三人席は予約しない

水族館の予約画面には、大人二名、子ども一名と表示されていた。

白峰蓉子が閉じるボタンを押そうとすると、倉橋統真の七歳の娘、珊瑚がソファから顔を上げた。

「蓉子ちゃんも、三人で行くんだよ」

統真の離婚から二年。蓉子は同じ会社の同僚として、休日出勤の日だけ珊瑚を会議室で預かり、算数の宿題を見てきた。珊瑚は懐いてくれたし、統真も夕食に誘ってくれる。だからこそ、好きとは言えなかった。

珊瑚には母親がいる。月に二度会い、誕生日には電話が来る。蓉子が統真を好きだと言えば、優しくしてきた時間まで「母親になりたかったから」に変わる気がした。誰かの席を狙って近づいたのではない。それを説明するほど、言い訳に聞こえそうだった。

統真は、珊瑚が母親の話をした日には、決して話題をそらさなかった。蓉子にも『無理に家族にならなくていい』と何度も言っていた。それなのに蓉子だけが、家族になるか、きっぱり他人でいるかの二択へ自分を追い込んでいた。珊瑚の小さな手に引かれるたび、うれしさより先に罪悪感が来た。

その夜、珊瑚を祖母の家へ送り届けたあと、統真と駅まで歩いた。最終電車まで八分。予約の締切も、あと八分だった。

「水族館、来ないの」

「三人では行かない」

「どうして」

「珊瑚ちゃんと二人で行きなよ。せっかくの面会のない週末でしょ」

統真は改札の前で立ち止まった。後ろの電光掲示板が、残り六分を告げる。

「蓉子は、珊瑚の母親になれって言われるのが嫌?」

改札と彼のあいだで、蓉子は目をそらせなかった。

「違う。なろうとしてると思われるのが嫌なの」

「誰に」

「珊瑚ちゃんにも、あなたにも。私が親切にしたのは、席が欲しかったからじゃない」

統真は少し考えてから、予約画面を開いた。

「一緒に行く。でも、席は三つとも別の席だよ。珊瑚の母親の席は、最初からここにはない。蓉子の席も、代わりじゃない」

電車が滑り込んできた。蓉子は乗車口へ一歩進み、止まった。

「三人で、行きたい」

同じ言葉を、今度は願いとして言った。

扉が閉まる直前、蓉子は黄色い線の内側へ戻った。遠ざかる電車を見送りながら、予約人数の「2」を「3」に変え、決済ボタンを押した。