三分だけ高い牛乳

小田巻澄玲の手首には、残り時間が八日と四時間だけ表示されていた。給料日は明日だが、時間給付は家賃の引き落としと同時にほとんど消える。だからスーパーでは、二十七秒の低脂肪乳を取る。三分十二秒もする牧場牛乳には、触れない。

レジに並んでから、息子の籠にその高い瓶が入っているのを見つけた。

「戻してきなさい」

「でも今日、お父さんの誕生日だよ」

亡くなった夫は、牛乳を小鍋で温め、焦げる寸前に蜂蜜を落とした。三人で飲む夜だけ、貧しい部屋が喫茶店になった。夫が事故で死んだとき、補償金は現金で支払われたが、失った時間は戻らなかった。それ以来、澄玲は一秒でも長く生きることを正しいと思い、安い食事を選び、息子との遠足も断り、眠る時間さえ惜しんで働いた。

「長生きしてほしいから、戻す」

息子は瓶を抱えたまま、泣きそうな顔で言った。

「でも、お母さん、ずっと急いでる。僕といるときも、次の仕事の顔をしてる」

澄玲はレジの光る表示を見た。購入後残高、八日と三時間五十六分四十八秒。三分十二秒は、あまりにも高い。だが八日を節約しきった先に、何が残るのか分からなくなった。

彼女は瓶を買った。家へ帰ると小鍋を出し、火を弱めた。息子が蜂蜜を入れすぎ、二人で笑った。飲み終えるまで七分かかったが、その七分には値札がなかった。

翌朝、澄玲は夜勤を一つ断った。残高は増えなかった。代わりに、息子と朝食を食べる席に座った。長く生きることと、長く一緒にいることは、同じではなかった。

それまで澄玲は、節約した秒数を愛情の証拠のように数えていた。けれど息子が覚えているのは、安い商品を選んだ回数ではなく、湯気の向こうで母が笑った一晩なのだろう。残高は命の長さを示せても、親子の時間の濃さまでは表示しなかった。

その日の買い物明細を、澄玲は捨てずに冷蔵庫へ貼った。三分十二秒という数字の横へ、息子が鉛筆で《おいしかった》と書いた。時間通貨の明細に、初めて価格以外の記録が残った。