三秒遅れの治癒
「補助しかできない荷物持ちは、今日で外れてもらう」
そう言った翌朝、剣士ガルヴァンは、いつも通り迷宮の扉を蹴り開けた。
最初に現れたのは、牙鼠が三匹。新人でも倒せる魔物だ。
ガルヴァンが一匹を斬り、神官ペルシが笑いながら杖を掲げる。残った牙鼠の爪が、ガルヴァンの腕を浅く裂いた。
「治癒!」
白い光は確かに傷へ届いた。だが一拍遅い。
傷口から血が噴き、握力を失った剣が床へ落ちた。そこへ二匹目が飛びかかり、ペルシは慌てて結界を張る。結界は薄く、三人まとめて通路の外まで弾き飛ばされた。
入口番は、初級階層から戻った彼らの札へ赤い撤退印を押した。昨夜まで「リュネア一人分が浮く」と祝杯を上げていた一行は、薬代だけで彼女の月給を超える請求書を受け取った。ペルシは三度治癒を重ねたが、裂けた筋はつながっても、失った血までは戻らない。
「おかしい。いつもなら、傷ができる前に治っていたぞ」
誰も答えなかった。
追放した支援魔術師リュネアが、敵の呼吸と足運びを読み、受ける傷の三秒前に治癒を予約していたことを、彼らは知らなかった。ペルシの治癒が速かったのではない。リュネアが未来の傷に先回りしていたのだ。
同じころ、リュネアは北街道の護送隊で、十二台の荷馬車を無傷のまま宿場へ入れていた。
隊長イセラは報酬袋を二つ差し出した。
「これは護衛分。もう一つは、誰も痛い思いをしなかった分だ」
「支援は目立ちませんよ」
「目立たないから高く買うの。悲鳴が上がってから働く人より、悲鳴を消しておく人が必要だから」
護送商人たちは、無傷だった護衛へ礼を言う習慣がなかった。それでも今回は、全員がリュネアの名を覚えた。次の便も指名したいという札が、宿の受付に三枚積まれた。
その夜、通信水晶が赤く光った。映ったガルヴァンの腕には、血の染みた布が幾重にも巻かれている。
『戻れ。今なら追放は撤回してやる。報酬も前の一割増しだ』
リュネアは新しい契約書の末尾に署名し、水晶へ向き直った。
「撤回する対象はありません。あなた方との冒険者契約は、追放を告げられた日に終了しています」