三脚目の椅子

八年ぶりの同窓会が散ったあと、津久井央佳、砂川岳人、真壁澄香は、取り壊し前の旧校舎へ忍び込んだ。放送室には折り畳み椅子が三脚、机の下には埃をかぶったミキサーが残っていた。

「ここだけ時間が止まってる」と澄香が言った。

岳人がフェーダーを上げた。電源は入らない。高校三年の夏、三人はこの卓を囲んで「十年後、同じ局で番組を作る」と録音した。央佳が台本を書き、岳人が喋り、澄香が音を録るはずだった。

「十年、まだ二年あるよ」と央佳は笑った。

「その二年で埋まる距離じゃないだろ」

岳人は四月で広告会社を辞め、実家の印刷所へ戻るという。父親が倒れ、工場を畳むか継ぐか、返事を延ばせなくなった。

澄香は来月、南米へ発つ。報道カメラマンを辞め、山村の学校で映像を教える契約に署名した。

「央佳は?」

「この町のコミュニティFMに残る。朝五時の交通情報から、今度は夕方の番組を任される」

誰も、約束に一番近いねとは言わなかった。三人で作る番組ではないからだ。同窓会では、担任が三人を「夢を追い続けた放送部」と紹介した。その拍手に、三人とも別々の理由でうつむいていた。

岳人は机の引き出しから、ラベルの剥がれた録音ディスクを見つけた。再生機はなく、内容を確かめられない。

「持って帰る?」と澄香。

央佳は首を振った。「聞けたら、言い訳したくなる」

岳人が三脚の椅子を丸く並べた。昔はそこへ後輩や先生が座ったのに、今夜は三人でいっぱいだった。澄香がスマートフォンを中央に置き、録音ボタンを押す。

「では、八年後の進路報告」

央佳は町に残ると言った。岳人は帰ると言った。澄香は遠くへ行くと言った。同じ場所を指す言葉が、一つもなかった。

録音を止めると、廊下で警備員の足音がした。三人は慌てて立ち上がり、窓から体育館裏へ抜けた。

最後に出た央佳は、椅子を二脚だけ畳んだ。三脚目はミキサーの前に残し、座面へ録音ディスクを置いた。

赤いオンエアランプは暗いまま、その椅子だけが、誰かの次の言葉を待っていた。