九十秒の薬棚
「倉庫番なんて、字が読めれば誰でもできる」
冒険者組合の副長は、転移者の湊にそう言った。
その直後、扉が蹴破られた。紫斑を浮かべた三人の斥候が担ぎ込まれる。
「黒尾蠍の毒だ! 中和薬を!」
薬品庫には同じ茶色い瓶が八百本。棚札には『解毒』『傷』『熱』としか書かれていない。古参の倉庫番たちは瓶を一本ずつ持ち上げ、読みにくい手書きの札を確かめ始めた。
「前も四十分かかった。神官に延命させろ!」
湊は壁に掛けておいた一枚の表へ走った。昨日、試しに一角だけ整理させてもらったのだ。棚の列を文字、段を数字、奥行きを左右で区切り、すべての置き場所に住所を与えた。
表の『黒尾蠍・中和薬』の横には、C―四―右。
湊は三列目へ滑り込み、四段目の右箱を抜いた。銀栓の小瓶が十二本、仕切りの中に立っている。
「九十秒!」
受付の砂時計を見ていた少女が叫んだ。
薬を飲まされた斥候の紫斑が、首から頬へ上がる寸前で止まった。ひとりが激しく咳き込み、黒い唾を吐く。神官が脈を取り、親指を立てた。
湊は残った二本を神官へ渡し、空いた仕切りをそのままにした。救命だけで終わらせない。どの住所から何本出たかは、並びに残る空白を見れば誰でも分かる。
副長は試すように、別の薬名を三つ続けて叫んだ。
「火傷膏! 月眠り病の青薬! 子供用の止血液!」
受付係、見習い、掃除夫が表を見て走る。誰も薬の形を知らない。それでも四十七秒、六十二秒、五十五秒で正しい箱が机へ並んだ。古参だけが知っていた『だいたいあの辺』は、もう必要なかった。
倉庫番たちは黙り込んだ。湊を馬鹿にした副長自身が、最初に住所表へ指を置いた。
副長は黙って、まだ半分も探せていない古い棚を見た。次に、住所札を付けた一角を見る。
「残り七百本を整理するのに、何日いる」
「二日。以後は、誰が取りに来ても二分以内です」
「倉庫番の賃金では足りんな」
副長は腰の役職章を外し、湊の胸へ押しつけた。
「本日付で物資管理主任だ。全支部の薬棚を、お前の住所で作り直せ」