九官鳥が覚えた順番
綾織朔乃の姉、美冬が失踪して六週間になる。
警察は事件と事故の両方を調べているが、姉の夫、朝熊慶成は「自分から出ていった」と言い張った。証拠は、美冬が家族へ送った最後の音声メッセージだった。
『心配しないで。しばらく一人になりたいの』
声は確かに姉だった。背後には、クロが籠の止まり木を爪でかすかに叩く音まで入っていた。
朔乃は姉の衣服を整理するため、慶成の家へ泊まった。居間には姉が可愛がっていた九官鳥のクロがいた。以前はよく人の声をまねたのに、姉が消えてから一言も話さないという。
夜十一時四十三分。
慶成が入浴していると、クロが突然しゃべった。
『心配しないで。しばらく一人になりたいの』
最後のメッセージと同じ声、同じ息継ぎだった。
「美冬が送信するとき、そばで聞いたんでしょう」
風呂から戻った慶成は平然としていた。
翌晩、朔乃はスマートフォンの録音を始め、クロの前で待った。
十一時四十三分。
『もう一回』
最初は慶成の声だった。
『心配しないで。しばらく一人になりたいの』
美冬の声。
『泣くな。普通に言え』
慶成。
『心配しないで。しばらく一人になりたいの』
送信完了の電子音。
椅子が倒れる音。
姉の小さな悲鳴。
クロは、あの夜に聞いた音を順番どおり再生していた。
朔乃は録音データを警察へ送ろうとした。だが家のWi-Fiは切られ、画面には圏外と出ている。玄関へ走ると、外から補助錠が掛かっていた。
背後で床板が鳴った。
慶成は出張で翌朝まで戻らないはずだった。
けれど廊下の暗がりに、彼が立っていた。
「クロは賢すぎるんだ」
慶成は朔乃のスマートフォンへ手を伸ばした。
そのとき、クロがまだ聞いたことのない続きを話し始めた。
『朔乃にだけは、本当のことを伝えて』
美冬の声だった。
続いて慶成の声。
『あいつが来たら、同じメッセージを送らせればいい』
クロは首を傾げ、最後に姉の声でささやいた。
『朔乃、後ろ』
朔乃が振り返るより先に、慶成の手が口を塞いだ。