乾燥機の窓にだけ映る
椿森なずなが叔母から継いだコインランドリーには、六番乾燥機にだけ幽霊が出た。
午前零時を過ぎ、丸い窓の中で洗濯物が回り始めると、硝子に若い男の顔が映る。
名は大鐘諧人。十二年前からそこにいるらしいが、死んだ理由も、帰る場所も覚えていなかった。
「百円で十分しか話せないなんて、割高ですね」
「幽霊に人件費はかからないでしょう」
「電気代は?」
「現実的すぎて怖くない」
なずなは閉店後、洗う物もないのに硬貨を入れた。
諧人は回転するシャツの向こうから、客の忘れ物や、なずなの昼食が菓子パンばかりなことを指摘した。彼女は彼が笑うと右の眉だけ上がることを知った。
六番機が止まると、会話も終わった。
半年後、機械を入れ替える工事で、背面の壁から青いカーディガンが見つかった。
襟には〈大鐘諧人〉と縫い付けてあった。
古い新聞を調べると、この場所に以前あった下宿で火事が起き、大学生一人の遺体だけが見つからなかったと分かった。カーディガンのポケットには、母親への誕生日カードが入っていた。
なずなは、それを返さなければ諧人が残るかもしれないと思った。
思ってしまったことを、彼には言えなかった。
諧人の母は療養施設で、息子の服を抱きしめた。
「家出したのだと思うことにしていました。帰ってこない理由が、それならまだ生きているから」
その夜、なずなは最後の百円を入れた。
諧人はいつもより鮮明に映った。
「返したんですね」
「あなたを私の恋人にするために、誰かの息子の帰りを隠しておけなかった」
「告白としては、かなりひどい」
「好きでした」
「過去形は早い。まだ八分ある」
諧人も、硬貨の落ちる音を毎晩待っていたと告げた。
二人は残り時間で、できなかったデートの話をした。海へ行き、安い定食を食べ、喧嘩して、同じ部屋へ帰る。どれももう叶わないから、好きなだけ具体的に話せた。
表示が一分になった。
なずなは硝子へ手を当てる。
諧人も内側から重ねた。温度は伝わらなかった。
「洗濯物、乾きますよ」
「あなたがいなくなるなら、ずっと湿ってていい」
「店主失格だ」
彼が笑う。
乾燥機は、残り四十秒で止まった。
六番機の窓には、泣いているなずなだけが映っていた。
翌月、新しい乾燥機が入った。
彼女はもう空の機械へ硬貨を入れない。
ただ、客が忘れ物を取りに戻るたび、必ずこう言った。
「見つかってよかったです。帰る場所へ返せました」
その言葉だけが、諧人と過ごした夜から、乾かずに残った。