二人分の足跡

 吹雪がやんだ朝、山荘の主人・蕪木宗一は書斎で刺されていた。

 宿泊客は二人。紀行作家の志賀野透馬と、古美術商の鷹栖理門。雪崩で道が塞がれ、ほかに出入りした者はいない。

 志賀野は食堂で事情を話した。銀縁眼鏡に白いセーター、早口で、質問のたび左耳へ指を当てる。

「十一時ごろ、蕪木さんと管理人が言い争う声を聞きました。『金を返せ』と」

 鷹栖は自室から出ようとせず、午後になって喫煙室で聴取した。黒縁眼鏡に濃紺の上着、言葉を慎重に選ぶ男だった。

「私も聞きました。管理人は『今夜で終わりだ』と答えた」

 二人の証言は一致した。管理人には横領の疑いがあり、凶器の柄からも彼の指紋が出た。

 だが、雪の庭に残る足跡は妙だった。離れの四号室と七号室から本館へ向かった跡が、それぞれ一人分ある。ところが帰りは、四号室へ続く一人分しかない。

「鷹栖さんは屋内通路を使ったんでしょう」

 志賀野はそう言い、左耳に触れた。

 その仕草を、鷹栖もしていた。

 二つの部屋を調べ直すと、七号室の暖炉から溶けた付け髭の金具が出た。四号室の鞄には、銀縁と黒縁、二種類の眼鏡。洗面台の排水口には、肌色の蝋が詰まっていた。

 志賀野を食堂へ呼び、鷹栖にも来るよう頼んだ。

「彼は頭痛で休んでいます」

「今朝から、あなたがそう言うたび、私は一度も彼を見ていない」

 志賀野の顔から早口が消えた。

 彼はかつて物真似で名を売った舞台俳優だった。蕪木に投資詐欺の過去を握られ、口止めを拒まれて殺害した。その後、管理人の手を眠らせた隙に凶器を握らせ、二人の宿泊客を演じて同じ証言を重ねたのだ。

「宿帳には二人分の署名がある」

「同じ手で書けば、二人にはなりません」

 逮捕される直前、志賀野は鷹栖のゆっくりした声で笑った。

「証人が二人なら、警察は信じると思った」

「ええ。私も途中まで信じました」

 私は一人分しかない帰りの足跡を指した。

「二人の証言が一致したのではない。一人の嘘を、二度聞かされただけです」