二人前の鍋

別れた翌々日の夜、澄羽は玉ねぎを一個むいた。半分で止めるつもりだったのに、包丁はいつもの幅で最後まで進んだ。じゃがいもも二個、鶏肉も二百グラム。二人で暮らし始めてから三年、カレーだけは目分量が正確だった。

クミンの香りが狭い台所に広がり、鍋の蓋をずらすと白い湯気が上がった。あの人なら、ここで味見をして「少し甘い」と言ったはずだ。澄羽はお玉を持ったままスマートフォンを見た。最後のやり取りは、荷物を土曜に取りに行く、という一行で止まっている。

結婚を考えられない、と彼が言ったとき、別れようと答えたのは澄羽だった。待てない自分は正しかったはずなのに、静かすぎる部屋にいると、勇気と短気の区別がつかなくなる。言えない悩みはそれだった。戻りたいのではない。ただ、自分で閉めた扉の向こうが気になって仕方がない。

食器棚から、白と紺の二つの器を出した。白は彼のもの、紺は澄羽のもの。いつものように同じ量をよそいかけ、二杯目のお玉を鍋の上で止めた。白い器を棚へ戻す。代わりに、保存容器を一つ取り出した。

紺の器を持ち、ひと口食べると、炒めた玉ねぎの甘さが少し強い。彼の声が正しかったことに腹が立ち、でも、もう直す相手はいないことにもっと腹が立った。澄羽は黙って二口目を運んだ。途中でスマートフォンが光ったが、伏せたままにした。

半分ほど食べたところで、鍋からもう一度よそった。今度は自分の器へ。二人前作ったからといって、二人で食べる必要はない。食べきれない分は、誰かの帰りを待つためではなく、明日の自分を助けるために残せばいい。

食後、保存容器の蓋に油性ペンで日付を書いた。癖で彼の名前を書きかけ、黒い線で消す。

保存容器を冷凍庫へ入れると、白い器一つ分の空間が棚に残った。埋めなくても、空いたままで暮らせる場所だった。

明日の分があると思うと、部屋の静けさは空白ではなく予定に変わった。

その下に、澄羽は自分の名前をゆっくり書いた。