二分遅れの片道券
十一時五十分。駅直結の式場へ続く連絡通路で、秋津律希は古い片道券を指で折っていた。
四年前の八月、神尾琴葉と町を出るために買った切符だ。二人は二十時十二分の上り列車で落ち合うはずだった。律希は二番線で十分待ち、琴葉は来なかった。発車後に届いた〈もういい〉へ、彼も同じ四文字を返した。それが別れになった。
今日、琴葉は別の男と結婚する。招待状に手書きされていたのは、〈あの切符を持ってきて〉の一行だけだった。
通路の扉が開き、白いドレスの琴葉が介添人を残して駆けてきた。挙式まで八分。
「まだ持ってたんだ」
「捨てる理由もなかった」
琴葉は小さな財布から、同じ日付の券を出した。律希のものと違い、裏に入場時刻の青い印字がある。二十時三分。
「来てたのか」
「四番線に。上りって、東京方面だと思ったから」
「二番線は県庁方面だ」
「知ったのは次の日」
支線の分かれるあの駅では、行き先によって二つのホームがどちらも上りと呼ばれていた。律希は時刻表を送ったつもりで、ホーム番号を送っていなかった。琴葉も聞かなかった。
「電話すればよかっただろ」
「したよ。あなた、列車に乗った直後、番号を消したでしょ」
律希の記憶では、着信はなかった。だが琴葉が見せた画面には、二十時十三分から十七分まで六回の発信履歴が残っていた。あの日、律希のスマートフォンはトンネルで圏外になり、駅を出たあと彼女を着信拒否にした。
〈もういい〉は、来なかった相手への言葉ではない。互いに見つけられなかった自分への言葉だった。
「これを返せば、ちゃんと終われると思った」と琴葉は言った。
鐘が鳴り、介添人が名を呼ぶ。律希は二枚の切符を重ねた。今さら同じ列車には乗れない。それでも、片方だけが待っていなかったと思い続ける必要はなくなった。
琴葉が扉の向こうへ戻ったあと、律希は受付のカードへ〈おめでとう〉とだけ書いた。二枚の片道券を封筒に入れ、祝いの箱へ落としてから、礼拝堂の扉を開けた。