二十三キロに入らない
空港の秤は、夕映のスーツケースに「25.6」と表示した。
「二・六キロ減らしてください」
係員に言われ、夕映と佐脇亮平はベンチで荷物を広げた。
米一袋。冬用の辞書。二人で選んだ青いマグカップ。亮平が誕生日ごとに作った小さな写真集。
「米を置いてけ。向こうにもある」
「デンマークの米を信用してない」
「じゃあ辞書」
「留学生から言葉を取る?」
「俺の写真集が一番いらない顔してるな」
夕映は笑えなかった。
コペンハーゲンの建築学校へ行く期間を、亮平には一年と伝えていた。けれど合格通知には、その後の研究課程への推薦枠も書かれている。選ばれれば、帰国は早くて四年後だった。
「言うのが遅くなって、ごめん」
「待てるよ」
「そう言うと思ったから、言えなかった」
「勝手に俺の答えまで決めるな」
「決めたいの。少なくとも今回は、自分で」
夕映は写真集を持ち上げた。
「これを持っていったら、つらい日に帰る理由にする。うまくいったら、帰らないことを裏切りだと思う。どっちに転んでも、亮平を言い訳にしてしまう」
「だから別れるのか」
「好きなまま行きたいから」
亮平は写真集を奪うように受け取った。
「きれいな話にするな。置いていかれる俺は、普通に傷つく」
「うん」
「四年後、まだ好きかもしれない」
「私も」
「それでも約束しない?」
「しない」
二人は向かい合ったまま、しばらく泣いた。人の行き交う出発ロビーでは、誰も立ち止まらなかった。
青いマグカップも箱から出した。亮平の部屋に同じものが一つある。二つ並べる予定だったカップは、また別々の棚へ戻ることになった。
荷物を詰め直し、秤へ載せる。
表示は「23.0」だった。
「ちょうどですね」
係員が言った。
手荷物検査場の前で、夕映は最後に訊いた。
「写真集、捨ててもいいから」
「捨てるかどうかは、俺が決める」
「そうだね」
亮平は写真集を胸に抱えたまま、彼女を見送った。
夕映のスーツケースは規定どおりの重さになった。
それでも、持っていかなかったもののほうが、飛行機が離陸してからずっと重かった。