二時十七分の振り子

午前一時四十分、市役所の守衛から「塔時計が止まった」と電話が入った。明朝六時には、防災訓練の合図として鐘を鳴らす。保科塔子が工具鞄を抱えて時計塔へ上がると、文字盤の針は二時十七分を指したまま、風に小さく震えていた。

守衛は制御盤を指した。「モーターでしょう。予備と替えれば早い」

塔子は返事をせず、手動送りで針を一周させた。十二時から六時へ下がる区間は軽い。六時を越えて針が持ち上がり始めると、駆動部が低く唸り、トルクリミッターが滑った。故障は電気ではない。

文字盤の裏へ回ると、長針の根元に付くカウンターウェイトが、正しい位置から指一本ぶんずれていた。固定ボルトの座金が割れている。重りが効かず、針を持ち上げるたびに必要な力が増えていたのだ。

「締め直せば動くな」

守衛が長針へ手を伸ばしたので、塔子は先にロープを掛けた。重りを外す瞬間、針が自重で落ちれば、歯車の遊びを一気に叩く。歯が欠ければ、朝までの修理では済まない。

工具棚には同じ大きさの座金が三枚あったが、塔子は一番新しいものをすぐ使わなかった。割れた座金の断面を照らし、錆が片側だけに集まっているのを確かめる。前月の強風で長針が揺さぶられ、固定ボルトまで少し緩んだのだ。残る短針のボルトも増し締めし、同じ故障が翌週起きないところまで手を入れた。

彼女は針を固定し、割れた座金を交換し、重りの位置を刻印に合わせた。それからロープを少しずつ緩め、手動で二周させる。上りでも唸りは出ない。最後に鐘の連動だけを切り、時計を現在時刻まで進めた。

守衛が古い整備記録をめくると、強風の翌朝にも一度だけ二分遅れた日があった。塔子はその欄へ、次回の強風後点検を赤字で加えた。

午前五時五十八分、塔子と守衛は階段の途中で立ち止まった。六時になり、塔の鐘が一度だけ、冬の町へ落ちた。守衛は初めて笑った。

地上へ戻ると、社用携帯が震えた。隣駅の発車案内板を動かす機械から異音がするという。塔子はまだ冷たい手袋を外さず、工具鞄の留め金を締め直した。