二通の承諾期限

二十九歳の誕生日まで、あと十二日だった。

澄花の受信箱には、同じ時刻に二通のメールが届いた。一通は会社からの海外立ち上げメンバー選考結果。任期は一年半、返答期限は今夜。もう一通は式場からの仮予約確認で、六月の土曜日を押さえるには、やはり今夜中の承諾が必要だった。

ノートパソコンの右側には、透真と選んだ式場の白い封筒。左側には、赴任先の街路樹が写った資料。どちらにも、自分の名前が印刷されている。

透真へ画面の写真を送ると、すぐに返事が来た。

〈澄花が後悔しないほうでいいよ〉

優しい文だった。けれど「後悔しないほう」など、今の澄花には存在しなかった。式を選べば、初めて自分の企画で呼ばれた席を手放す。赴任を選べば、透真が楽しみにしていた季節を空白にする。どちらの未来にも、失わずに済むものだけが並んでいるわけではない。

式場の封筒には、試食会でもらった砂糖の粒が一つ挟まっていた。赴任資料には、現地の冬は日没が早いと赤字で書かれている。幸福だけを写した紙も、不便だけを記した紙もなかった。

二十八歳までの澄花なら、両方を成立させる方法を朝まで探しただろう。式の日程をずらし、赴任開始を交渉し、誰にも困った顔をさせない案を作ったはずだ。けれど、できることと、選ばないことは違う。

澄花は式場へ電話をかけた。

「仮予約を、取り消してください」

担当者が返金規定を読み上げる間、白い封筒の角を指で押さえた。五万円は戻らない。六月の土曜日も、たぶん別の誰かのものになる。

電話を切ると、透真から新しいメッセージが来ていた。

〈そっか。寂しいけど、わかった〉

祝福ではなかった。その正直さに、澄花は少し救われた。

会社のメールを開き、「承諾します」と入力する。送信の直前、机の上の二つの日付を見比べた。どちらかが本物で、どちらかが間違いなのではない。片方を選べば、片方の痛みも自分のものになる。

澄花は六月の予定をカレンダーから消し、赴任日の欄に青い印をつけた。それから、送信ボタンを押した。