五行目の約束
小比類巻采音と私の交換日記には、四行までという決まりがあった。
一行目は今日あったこと。二行目は愚痴。三行目は相手への返事。四行目は明日の予定。長く書くと、休み時間のうちに読み終わらないからだ。
その日、日記は昼休みになっても返ってこなかった。
朝の体育で、リレーの選手を決めた。私は采音より〇・一秒だけ速かった。先生が私の名前を呼ぶと、采音は「昨日まで足が痛いって言ってたのに」と言った。心配だったのか、ずるいと思ったのか、聞き返せないまま私は「負け惜しみ」と返した。
五時間目、隣の席は近いのに、机の間が廊下より広く感じた。
放課後、筆箱の下に赤い表紙が差し込まれていた。
一行目――今日、リレーの選手になれなかった。
二行目――悔しい。すごく。
三行目――でも、足が痛いのに走ったあなたにも腹が立つ。
四行目――明日は保健室へ連れていく。
そこまで読んで、私は日記を閉じかけた。
頁のいちばん下、罫線の外に小さな字があった。
五行目――負け惜しみって言われたことより、友達じゃないみたいに言われたことが嫌だった。
采音はもう校庭へ出ていた。窓から見えるトラックを、一人でゆっくり走っている。選手から外れた人が、誰より長く走っていた。
私は空いている次の頁を開いた。
一行目――足はもう痛くない。
書いてから、嘘なので消した。
一行目――まだ少し痛い。
二行目――選ばれてうれしかった。
三行目――采音に勝ったこともうれしかった。
四行目――だから、嫌な言い方をした。
四行で収まった。けれど、それでは足りなかった。
私は罫線の下へ鉛筆を運んだ。
五行目――明日、ちゃんと話す。
迷って、その下へさらに書いた。
六行目――逃げたら保健室まで引っぱって。
日記を持って校庭へ向かうと、采音はちょうど最後の直線へ入ったところだった。私はゴールの白線に立ち、赤い表紙を頭上へ掲げた。
采音は走りながら、それを見て笑った。
翌朝、日記は六行のまま返ってきた。新しい頁には何もなく、表紙の裏に決まりが一つ増えていた。
――大事な日は、何行でもよい。