余白管理課の最終行
企画書の最終行から下に十三ミリ以上の空白ができた場合、余白管理課へ回す。それは入社時に最初に教わる規則だった。誰も課の場所や担当者を知らなかったが、社内便の宛先一覧には昔から載っていた。
提出は毎日十九時十三分。紙を裏返し、枚数を声に出してから、貨物用エレベーターの床へ置く。閉ボタンを二度押すと、表示にない「余」の文字が点灯する。翌朝、文書は自席の引き出しに戻り、余白には細い赤線が一本引かれている。赤線より下に残った言葉は、その会社では二度と使ってはいけない。
御船は広告制作部で、他人の文章から余分な言葉を削る仕事をしていた。会議では簡潔さを褒められたが、昼食に誘われることは少なかった。三年前に同じ部署へ入った沙映だけが、御船の削った比喩を拾って、付箋に書き写していた。
その沙映が退職する日、最後のブランド企画書を御船へ渡した。十二ページ目の末尾には十三ミリどころか、半ページの空白があった。
「最後の一文、入らなかった」
彼女はそれだけ言った。二人は半年付き合い、別れてから一年、仕事の話しかしていない。送別会には出ないと御船が告げると、沙映は「そう」と笑った。
十九時十三分、御船は企画書を床へ置いた。枚数を十二と告げ、閉ボタンを二度押した。扉が閉まる直前、白い最終ページがわずかに膨らみ、誰かが裏から息をしているように見えた。
翌朝、企画書は引き出しに戻っていた。赤線は最終ページの中央に引かれていたが、その下には文字がなかった。代わりに、紙の厚みの中へ何か細いものが挟まっている。
規則では、余白管理課から戻った文書を解体してはならない。御船は従い、黒い保存箱へ入れた。昼過ぎ、沙映のアカウントが削除され、社内チャットから二人の履歴も消えた。
夕方、箱の内側からかすかな擦れる音がした。蓋を開けると、企画書の赤線より下だけが湿っていた。その中央に、沙映がいつも使っていた銀色のシャープペンの芯が一本、紙を突き破らずに立っている。
芯の先には、まだ書かれていない句点が、黒い雫のように丸くぶら下がっていた。