傘の真ん中

「真ん中は空けて歩こう。写真に撮られたら、また面倒だから」

友人の結婚式を出たところで雨が降り始め、叶野すみれは三枝大和にそう言った。

大学から八年、二人でいれば必ず「まだ付き合ってないの」と聞かれた。笑って否定すれば場は丸く収まる。けれど、冗談のたびに本気を隠すのが少しずつ上手くなり、今では本人たちまで、どこからが本当か分からなくなっていた。

会場が貸してくれた紺色の傘は、二人で入るには十分大きかった。それでもすみれは中央にこぶし一つ分の隙間を残した。大和も何も言わず、外側の肩を雨に濡らした。すみれの手には新婦からもらった小さな花束があり、白いリボンが二人の隙間で頼りなく揺れていた。

先に乗った友人たちのタクシーから、窓越しにスマホが向けられる。

「ほら、撮ってる」

「離れる?」

「今さら急に離れたら、それも変でしょ」

二人は微妙な距離のまま笑った。タクシーが角を曲がると、笑顔だけが雨の中に取り残された。

「すみれ」

名字でも、いつものあだ名でもなかった。

大和は傘を持ち替え、空いていた中央へ手を差し出した。握手のように開かれた掌の上には、レストランの予約画面がある。今夜二十時、二名。披露宴の二次会とは別の店だった。

「これ、誰と行く予定?」

「名前、入れてない。断られたら消すつもりだったから」

すみれは画面を受け取り、予約者の同行者欄へ《叶野すみれ》と入力した。けれど保存する前に一度消し、《すみれ》だけにする。大和の名前も《三枝大和》から《大和》へ直した。

返したスマホを大和が見つめる。その間に、すみれは差し出されたままの手へ自分の指を重ねた。指先が触れ、絡まり、今度はどちらも笑ってごまかさなかった。

横断歩道の信号が青になる。大和が傘を二人の中心へ寄せると、濡れていた肩がようやく隠れた。

「もう、真ん中を空けなくていい?」

すみれはつないだ手を少し持ち上げる。

「空けておいて。ここ、手を置く場所だから」

さっきまで二人を隔てていた隙間は、雨の中で初めて、二人を結ぶ場所になった。