傘立ての青
文具店で働く文乃は、雨の日だけ入口の傘立てを店内へ寄せる。
外に置くと風で倒れ、濡れた傘が歩道へ散らばるからだ。青い陶器の傘立てには、開店から一時間で色とりどりの傘が詰まった。
昼過ぎ、一人の男の子がノートを買いに来た。黄色い傘を細く畳み、傘立てへ差す。会計を終えると、店の奥で母親を待ちながら、新しいノートの一頁目に絵を描き始めた。
雨音は店のテントを細かく叩く。紙と鉛筆、それから濡れた服の匂いがした。
やがて母親が駆け込んできた。二人は急いで帰り、十分後、男の子だけが戻ってきた。
「傘、間違えました」
手には紺色の傘がある。傘立てを見ると、黄色い傘はなく、代わりに一本分の隙間があった。誰かが取り違えたらしい。
文乃は店の貸し傘を差し出した。透明なビニール傘で、持ち手に店名を書いた白いテープが巻いてある。
「黄色いの、戻ってきたら取っておくね」
男の子は少し迷い、描いたばかりの頁を見せた。雨の町に、黄色い傘が一つだけ浮かんでいる。
翌日、雨はやんだ。開店前、店の扉に黄色い傘が立てかけてあった。持ち手には小さな紙が結ばれ、〈まちがえました。ありがとう〉と書かれている。
放課後、男の子が透明傘を返しに来た。文乃が黄色い傘を渡すと、彼は開きもせず抱えた。
外の道路には昨日の水たまりが残り、雲の隙間から青空が映っていた。文乃は空になった青い傘立てを外へ戻す。底には雨水が少し溜まり、陶器の内側で、明るい空の色を揺らしていた。
一週間後、また雨が降った。男の子は黄色い傘を差して店の前を通り、硝子越しに手を振った。傘立てには透明傘が増え、似た持ち手が幾つも並んでいる。文乃は白い札と鉛筆を置き、客が自分の名を書けるようにした。濡れた鉛筆の木の匂いは、乾いた新品より少し濃かった。閉店後、青い陶器の底を拭くと、黄色い傘から落ちたらしい水滴が一つ、布へ明るく染みた。