元本保証の赤いランプ

「損をする可能性は、ゼロです」

支店長の鳴海剛志は、八十歳の客に向かって断言した。新人窓口係の小夜子が「その表現は禁止です」と小声で止めると、彼は机の下で彼女の靴を踏んだ。

「君は黙って申込書を出せ。老人は数字より肩書を信じるんだ」

勧めているのは、実体のない海外鉱山への投資だった。鳴海は客の定期預金を解約させ、手数料の高い商品へ移すたびに表彰されている。損失が出れば「本人が理解して署名した」と言い張るつもりだった。

先週も、夫の介護費を貯めていた女性が同じ商品で財産を失った。鳴海は泣く女性をロビーに立たせたまま、「自己責任」の紙へ拇印を押させ、小夜子には湯も出すなと命じた。その日の夕方、彼は販売成績一位の記念写真を撮っていた。

小夜子は悔しさを飲み込み、客が帰る方向へ深く頭を下げた。それから反論せず、申込書を差し出した。鳴海は得意げに「元本保証」と余白へ自筆し、確認者欄にも署名した。

「これなら安心でしょう。私が責任を持ちます」

客が帰ると、鳴海は笑った。

「責任なんか取るわけないだろ。苦情が来たら、お前が説明を間違えたことにする」

小夜子は受付端末の脇を見た。赤いランプが点灯している。この支店では先月から、高齢者への金融商品の説明は、すべて本部の適合性確認室へ音声送信される。鳴海自身が朝礼で「形だけの録音だ」と切り替えを命じ、管理者暗証番号まで入力していた。

午後、臨時監査の三人が支店へ入ってきた。鳴海は平然と、申込書は小夜子が勝手に作ったと言った。

監査役は紙を窓へかざした。支店長専用用紙には、肉眼では見えない赤い透かし番号が入っている。端末には、その番号を鳴海が払い出した時刻も残っていた。

「字なんて真似できます!」

叫んだ鳴海に、監査役は再生ボタンを押した。

――老人は数字より肩書を信じる。

――苦情が来たら、お前のせいにする。

自分の声が支店中へ響く。鳴海が小夜子を見るより早く、監査役は封筒を開いた。

「鳴海剛志支店長。懲戒解雇通知を読み上げます」