先に書かれた自白
二十二年前の強盗殺人事件について、再審請求への回答期限は翌朝だった。
諸戸直哉刑事は、記録管理室の端末に古い監査ログを表示した。紙の調書を電子化した際、消したはずの作成履歴まで移行されていたのだ。
《供述調書・杵淵朔 作成開始十八時四十一分》
取調べ録音の開始は十九時三分。杵淵が犯行を認めたのは二十一時十二分だった。自白は、本人が口を開く二時間以上前から書かれていた。
背後で椅子が鳴った。木賀崎宗一刑事部長は、諸戸が新人だった頃の班長である。
「下書きだ。よくあることだった」
「凶器を捨てた場所も、被害者の言葉も入っています」
「証拠から組み立てた。杵淵がやったと分かっていたからな」
諸戸は録音を書き起こした紙をめくった。杵淵は最後まで、現場を「倉庫」としか呼んでいない。それなのに調書には、一般非公開だった《北側荷捌き室》という名称がある。しかも文書の作成者欄は木賀崎だった。
「これを出せば、当時の取調べ全部が疑われる。お前が担当した事件もだ」
木賀崎は静かに言った。
「監査ログは移行エラーで説明できる。今夜削除すれば誰も困らない。杵淵一人を除けばな」
その一人は二十二年間、無期刑の房にいる。杵淵は一度も自白を維持せず、凶器も盗品も見つかっていない。それでも警察は、調書の『秘密の暴露』を理由に再審を退け続けた。諸戸も逮捕班の端に立ち、勝利の集合写真に写っていた。写真の裏には木賀崎の字で《これで街が眠れる》とある。だが杵淵の母は、毎年同じ日に《息子は眠れていません》と県警へ葉書を送っていた。
端末には二つのボタンが並んでいた。《履歴削除》と《監査資料として書き出す》。廊下では、回答書を待つ法務担当の足音が近づいてくる。
諸戸は木賀崎を見なかった。監査ログ、録音開始時刻、調書本文を一つのファイルに束ね、件名に《虚偽公文書作成および供述誘導の疑い》と入力した。
宛先へ再審係、監察室、弁護人を加える。
木賀崎が電源コードへ手を伸ばすより先に、諸戸は送信キーを押した。