全員返信の退職勧告
月曜の朝、営業部の大型モニターに、水城史乃の名前が映し出された。
『重要顧客を失った責任者』
坂巻課長がわざわざ作った一枚だった。
「先週の提案書を出さず、連絡も無視。会社に損害を与えた。異論は?」
机の間から、息を殺す気配がした。史乃が三週間かけた提案書は、提出前夜に共有フォルダから消えていた。坂巻は彼女の席だけ朝礼の輪から外し、給湯室の掃除を命じていた。
「ありません、ではなく、答えられません」
史乃は静かに言った。
前夜、史乃は顧客から〈提案は正式採用〉と聞いていた。だが坂巻はその通知を印刷して破り、彼女の足元へ捨てた。史乃は拾わず、彼が自分の名で何を残すかを見ていた。
「口答えか。なら今ここで退職届を書け」
坂巻は自分の端末から、件名を『水城史乃・退職勧告』として全社員へ送信した。本文には〈能力不足を認め、自主退職せよ〉とある。
「全員が見ている。逃げられないぞ」
送信音の直後、モニターの右端に、メールの引用履歴が展開した。
坂巻は添付したつもりのなかった過去のやり取りまで、転送形式でつけていた。
『水城の提案書、採用されたら作成者を俺に変えろ』
『原本は削除。顧客からの返信は水城を外す』
『失注した形にして辞めさせれば、俺の甥を空いた席へ入れられる』
すべて坂巻自身のアカウントからだった。さらに全社員宛ての配信先には、監査室の保全アドレスも含まれている。削除できない証拠として、送信と同時に保存される仕組みだった。
坂巻が青ざめて端末へ手を伸ばす。
「これは、水城が偽造した――」
「電子署名も接続場所も、あなたの管理端末です」
背後の扉が開き、人事監査部長が入ってきた。史乃の机に、顧客から届いた採用通知を置く。
「提案書は先方の自動保管庫に残っていました。作成者も水城さんです」
坂巻は笑おうとしたが、口角が引きつっただけだった。
監査部長は、たった今届いたメールを紙に出し、件名を読み上げた。
「坂巻俊二課長。本日付で、あなたへの懲戒解雇を通知します」