共有画面を横切った彗星
早乙女暁乃は、職場では通知を一つも残さない人だった。営業企画の進行表は五分刻み、未読は昼までにゼロ。机には私物を置かず、週末の予定も「休養」とだけ答える。けれど私用のスマートフォンには、歌手ユニット〈SIRIUS LANE〉の朝霧レナだけを特別扱いする設定がある。
取引先を交えたオンライン会議で、暁乃は自分の画面を共有していた。売上推移のグラフを切り替えた瞬間、右上を銀色の通知が横切った。
〈朝霧レナ追加公演 プレミア席ご当選〉
星が尾を引く公式アイコンまで、会議室の大型モニターにくっきり映った。暁乃の指が止まる。休日は読書、と答え続けてきた三年間が、一行で剥がれた気がした。
「資料は七ページ目です」
部長の浦部都和が、何事もなかったように言った。同時に手元の端末から共有を引き継ぎ、通知のあった画面を閉じる。取引先はグラフへ視線を戻し、会議は予定どおり終わった。
扉が閉まると、暁乃は立ったまま頭を下げた。
「申し訳ありません。私用の通知を――」
「当選、おめでとう」
都和は社員証の裏から、塗装の剥げた彗星形チャームを出した。デビュー公演で販売された、今では入手困難なものだった。
「私もレナ推し。ただし、今の件を誰かに話すつもりはない。好きなものと、職場で公開する情報は別だから」
暁乃は安堵したあと、少しだけ寂しくなった。守られたのに、また隠すことを命じられたように感じたのだろう。都和はその顔を見て、会議資料の端を揃えた。
「公開するかどうかを決めるのも、あなたでいいという意味よ」
その日の夕方、暁乃は追加公演の日に休暇を申請した。これまでなら理由欄へ「家庭の都合」と書いていた。理由は任意だと分かっていても、趣味より重い事情を捏造しなければ休めない気がしていた。
暁乃は一度消し、〈公演参加〉とだけ入力した。承認通知は一分後に届いた。
〈楽しんできて。月曜の朝、感想は聞かないから安心して〉
暁乃は笑い、私用スマホの彗星通知を、もう伏せずに机へ置いた。