冷めた唐揚げの向こう

火曜の九時四十三分、未央はコンビニの袋を肘に掛けたまま、玄関でスマートフォンを見た。

大学時代のグループに未読が二十八件。先頭には、美琴が送った左手の写真があった。薬指の細い輪の下に、焦げたカレーらしい皿が写り込んでいる。

〈本日、入籍しました〉

続く画面は、色とりどりの絵文字と、長い感嘆符で埋まっていた。

未央は靴を脱ぎ、冷めた唐揚げをテーブルに置いた。レシートは八百四十二円。昼休みに買った化粧水も入っているから、夕飯だけなら安い。そんな計算をしてしまう自分が、急にひどく狭い人間に思えた。

美琴は、未央が初めて一人暮らしをした日に、カーテンを取り付けに来てくれた。脚立の上から「曲がってても夜は来るよ」と笑った。祝いたい。ちゃんと祝いたい。なのに、残業帰りの部屋は暗く、唐揚げの衣は油を吸ってしんなりしていた。

〈おめでとう! 末永くお幸せに!〉

打って、消した。ほかの誰かと同じ文面なのが嫌だったわけではない。それを送れるほど、今夜の自分が明るくない気がした。

未央は唐揚げを一つかじった。冷たい。もう一度、写真を拡大する。指輪より先に、鍋の縁についた茶色い焦げが目に入った。

〈おめでとう。カレー、焦がしたでしょ〉

送信すると、一分もしないうちに美琴から返信が来た。

〈ばれた。婚姻届出して帰ったら気が抜けた〉

〈そういう日も焦げるんだね〉

〈むしろ今日だから焦げた〉

未央は声を出して笑った。結婚した友人が、急に遠い場所へ行ったわけではなかった。焦げた鍋を水につけ、返信の途中で誤字をする、知っている美琴のままだ。

電子レンジに唐揚げを入れる。皿へ移すのはやめて、袋の口を開けたまま温めた。洗い物は増やさない。祝福も夕飯も、きれいに整えてからでなくていい。

加熱終了の音が鳴るころ、美琴から〈今度、焦げてないの食べに来て〉と届いた。

未央は〈行く〉と返し、温まった唐揚げを一つだけ皿に載せた。残りは容器のままだった。それでも今夜は、十分にお祝いだった。