冷蔵庫に残す一段

有馬依澄の予定表には、白いところがなかった。仕事の締切、歯科検診、母への電話、作り置きの日。空白があると、忘れている用事が潜んでいる気がして落ち着かない。先月、予定のない日曜を昼まで眠って過ごしたときは、休めたことより失った時間のほうを数えた。それから休日にも三十分刻みで用事を入れ、何もしない時間を、誰にも提出できない未完成品のように扱っていた。

同僚に「いつ休んでいるの」と笑われると、依澄は「予定を立てるのが趣味だから」と答えた。実際には、何もしない午後を想像すると、自分だけが止まって誰かに追い越されるようで怖かった。冷蔵庫にも特売品を隙間なく詰め、食べきれない分まで冷凍していた。

台所の床を張り替える十二日間だけ、依澄は会社近くの短期賃貸で槙野絃葉と暮らすことになった。知人の知人である絃葉は、来月から島の診療所で事務をするらしい。荷物は布鞄一つなのに、冷蔵庫の使い方だけは妙だった。絃葉は必要な食材をその日に買い、予定を訊かれても「起きてから決める」と言った。依澄には、その身軽さが準備不足に見えた。三段ある棚の真ん中を、何も置かずに空けている。

依澄が買ったヨーグルトをそこへ詰めようとすると、絃葉が扉を押さえた。

「この段、何を入れないために空けてると思う?」

「停電に備えた冷気の通り道?」

絃葉は首を傾け、答えを言わなかった。代わりに、青いマスキングテープを棚の縁へ貼った。

「明日の夜まで、ここだけ埋めないで」

理由を聞いても、絃葉は鍋の蓋を洗うばかりだった。

翌日、依澄は午前中だけで三つの依頼を引き受けた。夕方、部長から土曜の資料修正を頼むチャットが届く。予定表の土曜日には、洗濯、買い出し、来週分の下調べと並んでいた。隙間へ「資料」と入れれば収まる。指はいつものように「承知しました」と打った。

その瞬間、青いテープの貼られた棚が浮かんだ。空いている場所は、埋め忘れではないのかもしれない。

依澄は文章を消し、「土曜は対応できません。月曜の朝なら可能です」と送り直した。返事を待つあいだ、胸の奥が冷蔵庫の扉を開けたときのように冷えた。

夜、絃葉は何も聞かなかった。依澄も報告しなかった。二人で買った牛乳を上段へ置き、真ん中の棚は空けたまま扉を閉じる。

それから依澄は予定表を開き、土曜日に並ぶ用事をすべて翌週へ動かした。白くなった一日を、何も入力しないまま保存した。