凍りついた輪郭
午後十時半、北港水産の冷凍庫で、仕入れ主任の羽場が死んでいた。後頭部を砕かれ、仰向けの背中は床と一枚の氷になっている。救急隊が肩を持ち上げようとすると上着が裂けたため、室温を上げるまで遺体は動かせなかった。白い息の向こうで、天井の冷却機だけが低く唸っていた。
最後まで倉庫にいたのは三人。夜間責任者の久住、設備担当の四方、買い付け人の戸部である。羽場はその夜、規格外の魚を正規品として仕入れた者を翌朝告発すると宣言していた。三人とも取引書類に触れられ、動機からは差がつかない。
久住は事務所の固定カメラに映り続け、四方は屋上の冷却機を修理していた。戸部だけは「八時五十分には車で出た」と言ったが、見送った者はいない。彼はさらに、九時半ごろ羽場から電話で値下げを断られた、と付け加えた。通話履歴は非通知の着信を示すだけで、声を聞いた証人はいなかった。
私は凍った床に膝をつき、推測を増やさぬよう、調べる事実を三つに絞った。
一つ目。冷凍庫は毎夜九時から十二分間だけ床を温め、霜を排水溝へ流す。制御記録に異常はない。
二つ目。排水溝から広がった透明な氷が、羽場の上着の裾を上から覆っていた。体温で下の霜が溶けたのではなく、流れてきた水が服を包んで凍った形だ。
三つ目。羽場の心拍計付き腕時計は九時八分に脈拍の停止を記録し、九時九分には事務所サーバーへ自動送信していた。その時間帯、久住の映像にも四方の屋上カメラにも切れ目がない。
戸部は「時計の故障だ」と笑った。しかし送信記録は羽場の端末とサーバーの双方に同じ値で残り、氷の下から後で操作することもできない。笑い声は冷凍庫の壁に薄く跳ね返り、二度目にはもう震えていた。私は解凍を待たず、警官に彼の車を止めるよう頼んだ。
氷が示したのは死亡時刻ではなく、遺体を床へ置けた期限だった。裾を上から覆う排水の氷は、床加熱が終わる九時十二分より前に羽場が横たわっていた証拠である。心拍記録の九時八分とも一致し、その四分間に自由だったのは戸部だけだ。記録は九時九分に送信済みで、久住と四方の映像も連続している。したがって九時半の電話は、死者が生きていた時刻を遅らせるための戸部の嘘だった。動かせない遺体そのものが、彼の退路を先に凍らせていた。