出席番号ゼロ
鯉沼惟人は、閉校した母校の出欠システムをデジタル化する仕事を請けた。二十六歳。校舎は翌月に解体されるため、紙の学級日誌を読み取り、欠席理由までデータへ移す。
昭和二十八年の四年二組だけ、四月四日の頁が二枚重なっていた。間には担任の走り書きがある。
《午後四時四分、無人の教室から自分の名を呼ばれても、「はい」と返事をしてはいけない》
その組では山崩れで十四人が亡くなり、翌年から空席にも出席を取る「呼び戻し」が行われたらしい。惟人は民俗学専攻だった同僚へ写真を送った。
同僚:死者を数から外さない供養だろ
同僚:返事した側が空席になるタイプの話かも
惟人:システム屋に言うなよ
十六時四分、二階の旧四年二組でスキャナが止まった。誰もいない廊下のスピーカーから、古い女性の声が流れる。
「一番、青木君」
教室の奥で、椅子が軋んだ。
「二番、赤沢君」
名を呼ばれるたび、机の天板が一つずつ白くなる。最後に声は、現在の名簿にはない番号を告げた。
「零番、鯉沼惟人君」
惟人はイヤホン越しに呼ばれたと思い込み、一度だけ答えた。
「はい」
全ての机が同時に鳴った。スキャナの画面には《出席一名》と表示され、背後で十四人分の椅子が引かれた。惟人は端末を抱え、振り返らず校舎を出た。
校門を出た時、位置情報には滞在時間ではなく《在校日数一日目》と表示されていた。帰路のコンビニで会員証を出すと、レジ画面の年齢確認欄が《十歳》になる。店員には通常どおり見えていた。夜、録音を聞き返すと、惟人の「はい」の後に十四人が安堵した声で「これで帰れる」と囁き、最後に教師が「零番は残ります」と記録していた。
翌朝、会社の勤怠アプリが起動しなかった。代わりに見覚えのない学校用アプリが開き、《四年二組 本日の出席》とある。名簿の十四人は欠席。鯉沼惟人だけに緑の丸が付いていた。
削除しても、正午に母からメッセージが届いた。
「学校から電話があったよ。惟人だけ毎日来ていて、ほかの子が一人も戻らないんだって。先生が困ってる。明日はみんなを迎えに行ってあげなさい」