利益確定の通知を閉じる

午前八時五十五分、澄川泰雅の証券アプリに、存在しない機能から通知が届いた。

〈四十三歳のあなたより――九時七分までに東央電算を三万株買え〉

冗談にしては具体的だった。机の端では、昨夜飲み残した缶コーヒーが結露している。九時七分、半信半疑で買うと、株価は十分後に跳ね上がった。含み益は一千二百万円。だが十五時ちょうど、画面が白くなった。

次に目を開けたとき、缶コーヒーの雫は同じ場所を伝っていた。

〈九時七分までに三万株買え〉

二度目は信用枠まで使った。三度目は始値で注文した。差分は利益だけで、十五時には必ず八時五十五分へ戻る。通知の末尾には、毎回同じ一文が増えた。

〈成功条件:終値時点の資産、一億円〉

十七回目、泰雅は一億二百万円へ届いた。ところが時計は進まない。新しい通知が震えた。

〈掲示板に「海外企業が買収」と書け。未来はそれで完成する〉

泰雅は投稿画面を開いた。未来の自分が送ってきた添付画像には、高級車、湾岸の部屋、そして金融商品取引法違反で連行される見知らぬ男が写っていた。その男は東央電算の経理主任だった。噂を本物に見せるため、内部資料を流した犯人に仕立てられるらしい。

十八回目、泰雅は投稿しなかった。十五時に戻った。

十九回目、経理主任へ匿名で知らせた。戻った。

二十回目、取引を一株もしなかった。それでも戻った。成功条件は金額ではない。一億円を得た未来の自分が、過去の自分として確定することだった。

八時五十九分。缶コーヒーを流しへ捨て、泰雅は通知と添付画像、全ループの注文履歴を金融庁の通報窓口へ送った。最後に証券口座の〈永久解約〉を押す。保有していた投資信託も、積み立てた三百万円も現金化され、違約金と税で大きく減る表示が出た。

〈この操作後、同一名義で五年間口座を開設できません〉

「それでいい」

未来から通知が届くには、未来に同じ口座が必要だ。

九時七分、東央電算は静かに寄り付いた。通知は来ない。十五時一分になっても、缶コーヒーは空のままだった。

泰雅の資産は一億円ではなく二百十一万円になった。代わりに、四十三歳の自分が写っていた高級車の写真だけが、端から白く消えていった。