到着表示は消さない

羽田の到着ロビーで、夕映は景都の背中が見えなくなるまで、手を振らなかった。

コペンハーゲン行きの乗り継ぎ便。三年前から狙っていた現地採用に、ようやく受かったのだ。出発を一週間後に控えてから、景都は何度も「残ってほしいなら考える」と言った。そのたび夕映は笑って、同じ返事をした。

「着いたら連絡して」

空港バスの発車まで七分。並んで座った硬いベンチでは、どちらも逃げる場所がなかった。

「それ、無事を確認したい友達の言葉だよね」

「そうだよ」

「夕映は、俺に行ってほしい?」

「着いたら連絡して」

「答えになってない」

景都の膝に置かれたパスポートを見た。ここで好きだと言えば、彼は本当に残るかもしれない。景都は以前にも、夕映が体調を崩しただけで大事な面接を延期したことがある。優しさを知っているからこそ、それを自分のために使わせるのが怖かった。だから言えなかった。自分の寂しさで、景都が何年も積み上げた未来を曲げたくなかった。

出発案内の電光板には、知らない都市名が次々と流れていた。景都の行き先だけが、夕映には大きく、遠く見えた。

バスのドアが閉まり、景都は窓越しにスマートフォンを掲げた。連絡する、という合図だった。

それから十六時間。夕映は帰宅しても上着を脱がず、充電器につないだスマートフォンの横で眠らなかった。乗り継ぎ便は定刻。到着表示は二十三時十二分に「到着済み」へ変わったのに、通知は来ない。

二十三時四十八分、冷めたコーヒーへ手を伸ばした瞬間、ようやく画面が光った。通知音を最大にしたまま待っていたせいで、その一音は部屋の中で驚くほど明るく響いた。

《着いた。夕映は、まだ起きてる?》

胸の奥に押し込んだ言葉が、長い移動を終えて戻ってきたようだった。夕映は一度「おつかれさま」と打ち、消した。二度目はもっと短くした。

《着いたら連絡して。今日だけじゃなく、明日も、その次の街でも》

送信してから、航空会社のアプリを開く。来月の最安便を選び、払い戻し可能の欄にチェックを入れた。

景都とのトーク画面は、固定したままにした。