割れた窓の内側

窓を割った男が、また店の前に立っていた。

開店前の喫茶店は、焼いた豆の匂いより先に、昨夜の恐怖を思い出させる。私は鍵を二度確かめ、カウンターの下に置いた箒を足で奥へ押した。歩道には、まだ細かなガラス片が星のように散っている。

男は向かいの植え込みからこちらを見ていた。三日前から同じ灰色のコート。同じ時刻。同じ、誰かを探すような目つき。

「警察を呼びました」

ドア越しに言うと、男は首を横に振った。昨日も一昨日も、彼は店へ入ろうとはしなかった。ただ閉店時刻になると、二階の窓と地下の換気口を交互に見上げた。私はそれを、侵入経路を探しているのだと警官へ話していた。

「話を聞いてほしいだけです」

その声が妙に穏やかなのが、かえって怖かった。私は入口の椅子を壁向きに直した。客から「なぜ外を見せないの」と聞かれるたび、朝日が眩しいからだと答えている。地下倉庫へ続く扉のベルも、先月外した。金属音が苦手になったのだ。

やがて巡回の警官が来た。私は震える手で、男から届いた封筒を差し出した。中には若い女性の写真が一枚。裏に「知りませんか」とだけ書かれていた。

「こんなものを毎晩、郵便受けに入れるんです」

警官は男を店内へ入れた。男は写真を見つめたまま、私に訊いた。

「この店に来たこともない?」

「ありません」

「窓が割れた夜も?」

「閉店後です。私は二階で寝ていました」

警官が歩道のガラスを見た。首を傾げ、店内の床を見回す。私は箒の柄を強く握った。

そのとき、足元の下から、こつ、こつ、と三度鳴った。

配管の音だと言うより早く、男が地下扉へ走った。外してあったベルの金具に、灰色のコートが引っかかる。警官が私を押しのけ、鍵穴に差さったままの鍵を回した。

暗がりから、写真と同じ顔が現れた。手首には椅子の脚と同じ木屑が食い込んでいた。

「兄さん」

窓を割ったのは男ではない。彼女が、内側から助けを呼んだのだ。

警官が掛けた手錠は、兄の手ではなく、私の手首で閉じた。