割れものだけ最後に
律が段ボールの底を組むたび、佐知はガムテープを十字に貼った。
「一本で足りるよ」
「底が抜けたら、もう一回拾うの私なんだけど」
大学時代から、二人はこういうところが合わない。律は物を信じ、佐知は事故を見越す。四年付き合った恋人が出ていった部屋でも、それは変わらなかった。
床には、彼の本、充電器、ボードゲーム、片方だけの手袋が島のように残っている。律は一つずつ手に取り、思い出せる出来事を確かめてから箱へ入れた。佐知は「彼の」「律の」「不明」と付箋を貼り、感情に触れず仕分けた。
食器棚の奥から、持ち手の欠けた青いマグが出てきた。初めて二人で買ったものだ。律が指で欠けをなぞると、佐知はごみ袋を開いた。
「これは捨てる」
「彼のだから返す」
「割れてるし、危ない」
「それでも勝手には捨てたくない」
佐知は口を曲げた。律は、また「だから引きずるんだ」と言われると思った。けれど彼女は台所へ行き、新聞紙を三枚持って戻った。
「じゃあ、割れもの扱い。返した後のことは向こうの責任」
二人でマグを包んだ。佐知は端を内側へ折り、律は「ワレモノ」と太いペンで書いた。
集荷の人が迷わないよう、佐知は返送する箱だけ玄関側へ並べた。律は、彼の名字が書かれた古い郵便物を束ね、転送不要と付箋を貼った。名前を消す作業だけは、二人とも無言だった。
最後の箱は、予想より重かった。律が持ち上げようとして膝をつくと、佐知が反対側の取っ手に手を入れた。
「思い出ごと持とうとするから重いんだよ」
「これは本の重さ」
「はいはい」
二人は理解し合わないまま、玄関まで同じ速度で歩いた。廊下に箱を置き、集荷票を貼る。律は宛名を見直し、佐知は底のテープをもう一本だけ足した。
ドアを閉める前、律が青いマグの入った箱を振り返った。
佐知は何も言わず、その視線を遮るように次の空箱を抱えた。
「残りは、律の物だけ」
律も平らな段ボールを一枚持った。二人で左右から開くと、箱は乾いた音を立てて、新しい四角になった。