創設者印は窓口の下に

「次の方、どうぞ」

王都冒険者ギルドの朝は、薬草の束と泥靴と怒鳴り声で始まる。

受付係のミラベルは、欠けた羽根ペンで依頼票を整え、討伐証明の牙を数え、銅貨一枚の計算違いにも頭を下げた。壁には初代創設者の肖像が掛かっているが、顔の部分だけ日焼けで白く抜けている。

午前中だけで、薬草の本数違いを三件、偽の魔石を一件、酒場のつけを討伐費へ混ぜた申請を二件見抜いた。それでも銀級冒険者は「剣も握れない窓口係」と笑い、彼女の前へ泥のついた靴を投げ出す。ミラベルは反論せず、床へ落ちた泥まで自分で拭いた。

新人剣士のエノクも、そんな彼女を「仕事は速いけど、戦えない人」だと思っていた。ギルド創設者が一人で三つの魔王軍を退けたという昔話など、酒場が客寄せに作った伝説だと信じていた。

昼前、黒衣の男が列を無視して窓口へ来た。

差し出したのは王印つきの解散命令書。だが、紙の縁から黒い呪いが床へ垂れ、ギルド紋章へ蛇のように這っていく。

「今日限りで、この巣は終わりだ」

男が外套の下で短剣を抜いた瞬間、広間のランプがすべて消えた。

悲鳴が上がる。エノクだけは、落とした銅貨を拾おうと窓口の下へ潜り込んでいた。

暗闇の中、ミラベルはため息を一つついた。

欠けた羽根ペンが、音もなく銀の長剣へ変わる。

一閃。

男の短剣も、呪いも、偽造された王印も、まるで最初から一本の糸だったように同時に断たれた。黒衣の男は声すら出せず、床へ崩れる前に細かな灰となった。

銀の剣は羽根ペンへ戻る。

ミラベルは灰をちり取りへ掃き、解散命令書を破棄箱へ入れた。それから窓口の裏に刻まれた古い紋章へ指を置く。

壁の肖像と、彼女の横顔が一瞬だけ重なった。

灯りが戻ると、皆は「魔道具の故障か」と騒いだ。呪いの痕も侵入者の姿もない。ミラベルは汚れた床を布で拭き、エノクの銅貨を拾って机上へ置いた。

「見たことは忘れなさい」

震える新人にだけ小声で告げ、彼女は次の依頼票を受け取る。

列の先頭にいた冒険者が、おそるおそる窓口へ進んだ。

ミラベルはいつもの柔らかな笑顔で言った。

「次の方、どうぞ」