勝敗札ではない一枚
紫藤律花は、白い勝敗札ではなく、首から下げていた参加証を伏見謙悟の前へ滑らせた。
「これと、あなたの参加証を交換する」
謙悟は目を瞬き、芝浦文葉は胸元の赤札を握りしめた。三人の卓上には、それぞれ白、黒、赤のカードが一枚ずつ置かれている。壁の規則は短い。
〈各参加者は制限時間内に、他の参加者とカードを一枚交換する。終了時、白い勝敗札を持つ者を解放する〉
誰もが、交換するのは卓上の勝敗札だと思った。謙悟は黒、文葉は赤。白を持つ律花から奪わなければ生き残れない。
「参加証はカードじゃない」と謙悟が言う。
律花は透明板を指で弾いた。角は丸いが、表には顔写真と番号、裏には磁気帯がある。
「係員が入室時に『IDカード』と呼んでいた」
天井の声が割り込む。
『交換対象は、配布された三枚です』
「配布されたカードなら、これもそう。入口で配られた」
残り三分。謙悟は参加証を交換すれば、律花の白札を奪う機会を失うと考えた。だが文葉は律花を警戒し、謙悟との勝敗札交換を拒んでいる。このままなら二人とも規則違反だ。
律花は参加証をさらに押した。
「私と交換すれば、少なくとも処罰は避けられる。白札は、そのあと文葉から奪えばいい」
焦った謙悟は自分の参加証を差し出した。二枚が卓の中央を越えると、交換記録灯が緑になった。
律花は受け取った参加証を首へ掛け、白札には一度も触れない。
謙悟がようやく気づいた。
「お前だけ、交換を終えたのか」
「カードを一枚、交換したから」
終了ベル。文葉は土壇場で謙悟と赤黒を交換したが、白は律花の手元に残った。
〈勝者、紫藤律花〉
首輪が外れる。主催者は規則の表示を消そうとしたが、判定記録には「IDカード交換済み」と残っていた。
律花は開いた扉で振り返る。
「勝敗に使う札と、交換に使うカードが同じだとは、どこにも書いていない。あなたは私たちが絵柄しか見ないと思った」
白い札が、最後まで卓上で動かなかったことだけが、主催者の敗北を証明していた。