十三階のタイムカード
十三階で働く日は、退職者のタイムカードを使う。
それが本社ビルの就業規則だった。八時五十七分までに十二階のエレベーターホールへ行き、壁の細い差し込み口へカードを入れる。印字が赤ければ通常勤務、青ければ十三階勤務。青い日は、カードにある名前で呼ばれても訂正してはいけない。退勤は十七時十三分。自分の仕事を持ち込むことは禁止されている。
榎戸の手元に来たのは、三月に辞めた足代のカードだった。
扉は十二階と十四階の間で開いた。十三階には窓のない事務室があり、机が十三台、すべて使用中のように椅子だけが少し引かれていた。端末を起動すると、足代が残した未処理案件が一件表示された。
《榎戸君の歓迎会会場を予約すること》
六年前の日付だった。
参加者欄には、もう会社にいない人間の名前が並んでいた。榎戸は当時、歓迎会などなかったと思っていた。繁忙期だから仕方ない、と一人でコンビニの赤飯を食べた夜まで覚えている。
予約システムは古いまま動いていた。希望日は本日、人数十三名。空いている店は一軒だけで、店名は「欠席」。備考欄に、足代の書きかけが残っていた。
《榎戸君は話しかければよく笑う。たぶん》
規則では、十三階で見つけた文章に返事をしてはいけない。榎戸は備考を消さず、予約確定を押した。
昼になっても誰も来なかった。十三個の紙コップへ給茶機のぬるい茶を注ぎ、端末が要求するまま席順を決めた。自分の名前だけは選択肢になかった。十七時十二分、案件は「完了」に変わった。
退勤口へ足代のカードを入れると、機械は吐き出さなかった。代わりに新しいカードが一枚出てきた。榎戸の氏名と社員番号、その下に、明日の日付で「退職済」と印字されている。
訂正してはいけない。
榎戸はカードを胸ポケットへ入れ、十四階へ戻った。自席の電話が十三回鳴っていたが、留守番電話は空だった。
ポケットの中で、まだ温かいカードに穿たれた十三個の穴が、夜の小さなオフィス窓のように順番に明滅していた。