十二フレーム遅い声

午前二時十分、地方局の編集室に、避難所から戻ったばかりの取材映像が届いた。三時のニュースに、被災した商店主の証言を四十秒入れてほしいという依頼だった。

鷺沼透が映像を再生すると、男が口を閉じてから声が続いた。十二フレームの遅れ。隣の席の記者は「音を前へずらせば間に合う」と言ったが、鷺沼は冒頭だけを直さなかった。

画面のタイムコードを追う。七分三十二秒までは唇と声が合っている。その直後、カメラが一瞬だけ床を向き、以後だけが遅れていた。取材中に電池を交換した際、音声側の記録が途切れず、映像だけが欠けたらしい。全体を十二フレーム動かせば、前半が新たにずれる。

放送卓からは、残り二十分という声が飛んだ。記者は焦って商店主へ電話をかけ直そうとしたが、避難所では消灯時刻を過ぎている。鷺沼は止めた。確認のために相手を起こすより、すでに記録された事実の中で原因を確定させるべきだった。シャッター音のほか、通りを走る救急車の音も前後で一致する。ずれは推測ではなく、同じ一点から始まっていた。

鷺沼は不連続点で素材を二つに分けた。後半の波形を、商店のシャッターが閉まる金属音に合わせる。足りない十二フレームには、男の泥だらけの手を映した短いカットを挟んだ。声を引き伸ばす方法もあったが、字幕の表示時刻までずれれば、緊急放送の差し替えで事故になる。

「どうして手なんですか」

記者が尋ねた。

「顔を隠すためじゃない。ここで、あの人が指差している棚の話に移るからです」

再生すると、金属音のあとに手が上がり、その動きに合わせて「また店を開けます」という声が戻ってきた。遅れは消え、編集した痕跡も目立たなかった。鷺沼は音を消して唇だけを見たあと、画面を伏せて声だけも聞いた。どちらにも引っかかりはなかった。

二時四十七分、ニュース担当が完成データを持って走り去った。鷺沼は椅子にもたれず、届いたばかりの別の映像を開いた。河川の水位が、さっきより十センチ上がっていた。